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若き東京時代の敗北と勝利・その後 〜BGM: カレーライスの女 / TOKYO〜

ウィーンの自宅でリモート仕事の休憩中、「カレーライスの女」を聴いて東京に想いを馳せてた。

台所に立って
あなたの大好きな料理
私がはじめて覚えた料理
たったそれだけだよ
今の私はそれが全て
東京に来てからの全て
なんもない なんもない
いつまでも
このままじゃダメなんだよね

私が東京に住んでいたのは18から21歳までの3年間、服飾専門学生時代。その後は3ヶ月間エディンバラ、帰国後は2ヶ月地元愛知でアルバイトをし、その後役者をする為横浜に4年間住んで、渡欧、現在。

横浜時代もしょっちゅう東京に繰り出してたから、東京経験はざっくり計7年と言って良いかな。この記事では言うことにします。

関東から離れて3年、上京してからは10年以上が経った今。

あの頃夢いっぱいに足を踏み入れた東京は、私にとって一体どんな場所だったのだろう?

東京が怖いと言われていた訳

まずなぜ東京があの頃地方者から“怖い街”と言われていたのか、ということについては身を以て理解した。

特に“夢を持って田舎から出向く者”達にとっては誘惑や罠の多い街であるのは確か。経済の中心地であり出逢いやチャンスに富んで刺激的である、ということは同時に、自分をしっかり持っていないと道を踏み外してしまいかねない危険も多いということ。

私自身当初、“一定期間親切にされたら信頼しちゃって付け込まれそうになる”的なことはいくらか経験したし、広く華やかな人脈を手にし知名度や肩書きのある人達に見込まれて、少々調子に乗った時期もあった。

そんな自分はなんとも軽薄で愚かで危なっかしいと直ぐ後に恥じたけれど、若き時代の東京ではよくある話だと思う。若いというだけで、実力が伴わなくても適性と伸び代を見せられれば奇跡のような世界に繋がるドアを与えられる可能性が現実あちこちに転がってるのだから。

与えられた機会を得る器

実際チャンスは目の前にいくつも用意されてた。10代、目指していた芸能界に入るためのステップとしての出逢いや機会に多く恵まれ、オーディションや話の進みも何度も良いところまで行った。如何わしいものは自ら避けたけれど、“正統で大きくまたとないような機会”に関しては最終最後に私が掴み逃した 。

私にそれを手にする準備が出来ていなかったからだ。

持論だけれど、若い時代のそのような機会は適性と相性は言うまでもがな、よほどの実力や特別な支援支持(身内レベルでのコネクションや大きなスポンサーが居ること、今で言うなら莫大なフォロワー数等)・時代需要や企業側の求める人材像との奇跡的一致が無い限り、後は人格の形成度によって得られるかどうかが決まると思う。

ザックリ言えば、 しっかりと与えられた場で努力を継続していける、素直で信頼度の高い人。「この子のステージを上げてあげたいと応援される人」であること。

後になれば何とでも言えるけど、あの頃もう少しの謙虚さと目上の人達に対する尊敬・礼儀、自分の社会的ポジションと市場価値を客観視する力があれば、そのドアを手にするチャンスを掴めていたかもしれないなと思う。

かと言ってじゃあそのチャンスを手にして、その先が世の中的に大きな成功へと繋がっていたとする。ただそれが自分にとって幸福に歩める道だったのかは、今でもわからない。近年の色々を思えば尚更に。

幸福な道

結局ハタチまでに大きな成功への軌道に繋がるドアは開かれず、その後の価値観の変化により私が選択し歩んだのは、クリスチャンとしての信仰に重きを置いた生活をしながらの、メジャーではない舞台役者の道。

その道は周囲に理解してもらえる道ではなかったけど、いつも自分の内側が満たされていた。人生の豊かさって、華やかさやスケールのデカさ自体にあるのでは断じて無いのだ。

そしてその後の人生も豊かなものだった。私にとって豊かとは、自分の心に咎めのない生き方をした上で、自分自身の興味関心を追い求めることが出来、良い出逢いに恵まれていることかなと思う。常に試練はあったけど、それはどの道行っても同じ。

少なくとも私は私の今を、「違う道が開かれていたら今ある全てが違っただろう。」と考えるだけで息が出来なくなりそうになる位には愛してる。

、、なんて自分で書いてて、私こんなに愛してるのかと今驚いた。けれどこれは心の底から湧き出る本音だ。めちゃくちゃ愛してるんだ。

だからあの時代の自分の若き未熟さに反省しつつも、結果的にこれで良かったし私にとってはベストな道を歩いてきたのだと思う。

歩めなかった道を思う時

東京での日々は良くも悪くも刺激的で、目まぐるしかった。地元に帰省するたびその時間のスピード差に驚かされたものだった。

東京では、盛り沢山の冷たさと、それ以上の温かさに出逢った。素晴らしい人達との出逢いに恵まれた。

夢間近に敗北しても、それは魂の勝利に繋がった。私は追求すべき道を外側にではなく内側に見つけた。

今があるのはあの日々があったから。あの時上京して本当に良かった。

それでもたまぁ〜に自分の歩めなかった/歩まなかった道を思ってしまうことがある。人は青春時代掴み逃したものに執着しやすいところがあるから。

そんな時には何度でも、自分の歩んできた道で得てきた感謝の全てを思い巡らしたい。そして場所や形が違っても、今からだって、いや、今だからこそできる事があるということを。

人生とはなんて面白いもの。愛しい東京時代、青春時代。

だけど少し今も夢を見てる
だから私明日も生きていける

- カレーライスの女 / ソニン

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