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多様性と自己決定力:グローバル人材育成の道

 歴史の転機に立つとき、運命を受け入れ、リスクを取る勇気が必要です。私の経験から、多様性と選択肢について学ぶことの重要性を強調したいと思います。

 高校卒業後、私はインドネシア・バンドン工科大学(ITB)の物理工学科に進学しました。しかし、父の他界と公費留学の合格が重なり進路に迷いましたが、ITBを中退して留学することにしました。そして、化学工学という専攻と派遣先の国・大学が指定されました。母国で複数の言語を習得していたものの、5つ目の言語である日本語の習得に1年半を要しました。

 学部生として入学した広島大学では、授業のノートが同級生にコピーされるほど、私は「日本語脳」になりました。2年次にはテレビの生放送で「戦争と平和」をテーマに発言する機会もあり、日本の若者にとって歴史が風化していることについて政治家やコメンテーターの皆さんと話をし、歴史学習の重要性を痛感しました。卒業研究ではくじ引きで配属された研究室で衝撃試験機を作製し、修士論文では計算固体力学に取り組みました。粉体工学に出会ったのは、博士課程後期に進学した時でした。このように、私は異文化と異分野に触れる機会を得ました。

 1997年のアジア通貨危機で、インドネシア・ルピアの価値は3カ月で3分の1になりました。このときノーベル経済学賞受賞者2名も関与する巨大ヘッジファンドが破綻し、数字と現実の人々の営みとが乖離することの怖さを学びました。博士号取得後は帰国する予定でしたが、政府機関が混乱に陥ったため、広島で研究を継続することになりました。

 広島での17年間、私は海外からのゲストを広島平和記念資料館に何度も案内しました。日本の大学で開発されたアンテナ技術が原子爆弾の制御の一部に使われていたのです。技術開発において、その技術がどこに使われるかを考えることが大事だと学びました。

 2006年度には日本で初めてテニュアトラック制度が導入された東京農工大学に移りました。研究室を立ち上げ、新たな方向性を模索する中で、地球規模の課題に取り組める人材の育成に注力することとしました。学生一人一人が自己決定力を磨き、広い視野を持てる場づくりに努めました。

 農業関連の起業家、植物学、土壌学、昆虫学などの専門家と共著論文を重ね、大学の強みを生かした環境・食料問題に取り組むプラットフォームを立ち上げ、工学教育のあり方を大学内で問う立場になりました。2019年の化学工学と物理工学を融合した化学物理工学科の設立にも関わりました。学生時代には外国出身者としてのハンディキャップを感じましたが、今では異分野への挑戦を促し、適応力を高めるうえでのメリットになっています。

 研究室の学生との会話で、若者は東南アジアと日本の関係など日本史や世界史で取り上げられない国々との関係をほとんど知らないことがわかりました。歴史的にみると、西洋諸国の繁栄は海外からの資源確保に大きく依存してきました。例えば17世紀に、ジャカルタに拠点を置いたオランダの東インド会社は、日本の金属資源を求め、戦国時代の武将の対立にも関与しました。地政学的リスクの重要性や資源を巡る対立を理解しないまま社会に出る学生たちは、国際社会での活躍に不利になります。

 私の研究室では、学生自らがテーマを模索し、その方向性を主体的に説明することを重視しています。人は安心感があれば探究心を発揮できます。現在も教員は私一人であり、ファシリテーターとして学生と関わりながら、学生の失敗を奨励し、許容します。卒論と修論で装置の構築やデータ収集が失敗に終わることが多いですが、そこで生まれる学生の悔しさこそが、新たな可能性を切り拓く原動力となると確信しています。

https://empatlab.wordpress.com/research/

 現代社会は情報過多で、エントロピーが増大しています。大学には学生に多様な選択肢を用意し、自己決定力を養う役割があります。当研究室では、情報理論に基づき、化学、物理、生物、環境・食料の4要素を組み合わせたテーマ設定を推奨しています。各要素を25%ずつ選ぶと、エントロピーは最大(2 bit)となり、学生の思考の多様性を促進します。実際、卒業生の進路は多岐にわたります。製造業(素材、重機、半導体、自動車など)、建設業、サービス業(コンサルティング、金融など)、公的機関(消防庁、自衛隊など)を含め、50を超える多様な組織に50人以上の学生が進みました。博士後期課程の学生たちも、大学教員(マレーシア、インドネシア、日本で化学工学、生物科学、環境化学、食品工学、物理学の分野)、ベンチャー、自営業など、幅広いキャリアを選択しています。毎年訪れる卒業生から「チャレンジ精神が今の自分を形成した」と言われることが、私の喜びです。

https://empatlab.wordpress.com/members/employment-sectors/

<著者紹介> 1998年、広島大学大学院博士課程修了。同大学教員などを経て、現在、東京農工大学教授、テニュアトラック推進機構長。

本原稿は粉体工学会誌の巻頭言(2024年11月)となる予定です。

Mirror site (Lab website): https://wp.me/p10HOa-6Cf

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