カナエ・ユウイチ

ブルボン家とハプスブルク家の和平を望んでいます。twitter→@InsideExpl…

カナエ・ユウイチ

ブルボン家とハプスブルク家の和平を望んでいます。twitter→@InsideExplorer

最近の記事

この文章はきみに見えているか? エメーリャエンコ・モロゾフ『奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼』全文公開

エメーリャエンコ・モロゾフによる序文稀代の無国籍多言語作家であるわたくしエメーリャエンコ・モロゾフの長編小説『奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼』の全文を、著者に許可もなく、2020年5月24日11時より無期限公開することになりました。樋口恭介『すべて名もなき未来』のなかでわたくしが言及されており、日本における紹介者・翻訳者たちが一般読者の混乱を懸念し、おびえたからです。 本作は、超自由民主党(Super Free Democratic Party)独裁政権下の日本、イス

    • 参考文献――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」邦訳における

      エメーリャエンコ・モロゾフは参考文献を明示していないが、邦訳の過程で参考にしたかネタ元っぽいと判断したものを100冊ほど載せる。  安倍晋三『新しい国へ 美しい国へ 完全版』文藝春秋、2013年 Wikipedia 百田尚樹『日本国紀』幻冬舎、2018年 百田尚樹『殉愛』幻冬舎、2014年 山口敬之『総理』 幻冬舎 、2017年 箕輪厚介『死ぬこと以外かすり傷』マガジンハウス、2018年 ツヴェタン・トドロフ『民主主義の内なる敵』大谷尚文訳、みすず書房、2016

      • 24. BRAND NEW MORNING(新しい朝)――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」Reflexivity(終)

        Reflexivity ――まずなにを教えてくれるの? ――ビーフシチュー。 ――いいね。お腹すいてきた。 ――ねぇ。 ――なに? ――ふたりだけの呼びかたがあったらいいな。 ――コードネーム的な? ――っていうか。 ――いいよ。つけてよ。 ――「ヤロ」にちょっと足して「ゼロ」。 ――あ、そしたら。 ――ん? ――「キ」から二本の横線をとったら「1」にならない? ――アルファ。   ■トキョ地検、ジョン・セイディー氏を家宅捜索  内閣官房によると、トキョ地検の思想犯罪刑事部

        • 23. わたしはそれを見ている――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」World-3

           クリス・セイディーは気がつくと、低くて白い天井を見ていた。いつのまにかパリ二◯区のホテルへと帰ってきていたらしい。スピリチュアルアプリケーションを呼び出そうとしたがうまくいかず、予備の端末でもネットにつながらない。  叫び声が聞こえ、銃声らしき音が轟いた。  窓から外を覗くと、覆面の男たち数人が通行人をライフル銃で殺しまわっていた。車は炎上し、近くのショッピングモールからも煙が上がっていた。なにより灰が降っていた。呆然としながらセイディーが机を見ると、一枚の紙が乗っていた。

        この文章はきみに見えているか? エメーリャエンコ・モロゾフ『奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼』全文公開

        • 参考文献――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」邦訳における

        • 24. BRAND NEW MORNING(新しい朝)――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」Reflexivity(終)

        • 23. わたしはそれを見ている――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」World-3

          22. Hamartia(的外れ)――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」World-2

           シャルトルブルーもステンドグラスも、クリス・セイディーもいない。  どこまでも真っ白に続くなにもない空間に、ふたりはいた。  どちらも子どもだった。  ひとりは聡明そうな男の子で、もうひとりは気弱そうな女の子だった。  女の子が、 「シュッへくん」  と言った。  男の子は、 「ん」  と答えた。  そのまましばらく黙っていたが、女の子のほうが、意を決したように話し始めた。 「きみが最後のひとり。だからラストチャンス。もとの人格との適合率が低い人間からわたしに検知されていっ

          22. Hamartia(的外れ)――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」World-2

          21. ゼロ・フォレストvsエルンスト・シュッヘ――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」World-1

          World もちろんわたしには見えている。 「おかしいとは思わなかったんですか?」  とゼロは言った。碧眼に細い鼻、少し下膨れの頬に薄い唇。角張った肩から下は白のエナメルライダースーツで覆われていてボディラインがくっきりと浮き出ている。そしてこれが自分だという。顎を引き視線を真下に落とすと、エナメルに包まれた胸の膨らみがさえぎる。たしかに自分はゼロと同じ服を着ているようだ。どこかしらがスースーする。 「なにが」  と答えようとした言葉がおどろきに途切れる。声が明らかに高くなり

          21. ゼロ・フォレストvsエルンスト・シュッヘ――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」World-1

          20. いつか祝福を待つ声で――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」H-2

           リアクションのとりようがなかった。 「そ、それって」  とわたしまで震えだすと、 「落ち着いて」  彼女が手で口をふさいできたのでお互いに深呼吸をして落ち着くまで待った。日本国憲法では女性の創作が禁止されている。文学にはじまり音楽や映像作品はもちろんだめ。舞踊で決まった型以外の動きを開発したり、世の中に役立つ発明を女性がしても逮捕されて手柄はそのジャンルの権威的な男性へと渡る。下手をすると目上の男性に口答えをするだけで伝統的価値観からの逸脱という意味で創作行為と断じられて有

          20. いつか祝福を待つ声で――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」H-2

          19. 啓蒙者マイマイマイ・ヤロマイ――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」H-1

          「これから満潮だからあぶないよ?」  と言ってマイマイマイ・ヤロマイさんはわたしに背を向けて陸のほうへ数歩だけ戻り座った。 「このへんなら波が強くても飲まれない」  そう笑うヤロマイさんの笑顔はあまりにも屈託がなく、澄んでいて、きれいで、わたしは、不覚にも、もう少しだけ彼女を見ていたくなって、彼女の横に座った。 「よく来るんだよ、ここ」  とヤロマイさんは言った。 「浜辺の管理人さんが昔かたぎの人でね、わたしたちみたいな歳の女子がいても見逃してくれるんだ」 「そっか」  とわ

          19. 啓蒙者マイマイマイ・ヤロマイ――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」H-1

          18. これは誤読の物語――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」He-3

           母の書斎。  机には一枚のタブレットがあり、研究関連のフォルダが年度ごとにまとめられていた。パスコードは彼の名前だった。あのプロジェクトの行われた年を開き、トラボルタ・トシコ関連の資料を彼は読んでいった。協賛企業のトップでも日本政府から出向した来賓でもあったトラボルタ・トシコは、プロジェクト上の肩書こそお飾り的な名誉職であったが、実質的なプランニングマネージャーとしてかなりの口出しをしていることがわかった。この事実はプロジェクトが頓挫したあとは隠ぺいされ、彼にもシュッヘにも

          18. これは誤読の物語――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」He-3

          17. Reflexivity, Recursivity, Recurrency――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」He-2

           シュッヘはトキョ大学理学部へ、彼はシンガポール国立大学人文社会学部へと進学した。アジアに冠たるコンピューティング学部とも迷ったが、ナイアーラトテップ事件で自らの関心がコンピュータではなく人間にあることが引っかかっていたし、本身を入れて日本語の勉強がしたいのも動機としてはあった。日本嫌いの母は半狂乱になって反対したが、彼が彼女へ同調し言葉を先取りし感情を全面的に肯定して結論だけはごまかし続けることで許諾を得た。ただ、母はそれが原因だったのかうつ病を患い、つとめていた研究所を休

          17. Reflexivity, Recursivity, Recurrency――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」He-2

          16. ARナイアーラトテップ――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」He-1

          He  彼。  性別や人種がどうであれ、またヒトであるかモノであるか、有機物であるか無機物であるかを問わず、わたしは「それ」を彼と呼ぶことにする。これは誤読の物語である。  彼は自分を見た。ユービックプロジェクト。同じ日に同じ場所でほかに一九人が同じ実験に参加した。一ヶ月後、そのうち彼ともうひとりの子供を残して全員が死んだ。  なぜだろうと思った。    数カ月後、授業でreflexivityという言葉を習った。自己を他者に映し出すことによって自己に立ち返り自己を規定する概念

          16. ARナイアーラトテップ――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」He-1

          15. あー溶けよ溶けよ――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」Hell-3

           走る。  海岸線の二車線道路を家の戸とは逆に、少しでも離れたくて。  追う人も声もなくて、それをちょっとだけ期待していたバカらしさとか、火をつけっぱなしにしてきた今さらの心配とかぜんぶ振り払いたくて、息切れにふらついた身体を叱咤して速度を上げる。道路は一定距離ごとに点々と照らされ、左に海、右に平凡な一軒家や空き地の変わり映えのしない景色が続いている。だれかがわたしに問いかける。そんなに急いでどこへ行くのか。知らないよ。  いや知ってる。  ずっと頭の中にこびりついていた願望

          15. あー溶けよ溶けよ――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」Hell-3

          14. The Star-Spangled Banner(星条旗)――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」Hell-2

           午後九時半。  窓際にかかった電波時計は文字盤に架空の動物が大きく描かれていて、日が変わるときに一回だけ鳴く。他に見たことがないくらいデフォルメされていて、立ち上がって片手を振っているから二足歩行だと思うんだけど、どういう名前なのかはわからない。カーテンを閉じる。お皿洗い。ママは職業がら肌にあんまり負担をかけられないからいつもわたしの仕事で、どのくらいの食器と汚れの量ならどのくらいの洗剤が必要かは考えなくてもわかる。  午後十時。  明日の予習。水素の原子は一個の陽子と一

          14. The Star-Spangled Banner(星条旗)――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」Hell-2

          13. 最高級形成牛「ソラリス」――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」Hell-1

          Hell  走る!  熱い鉄板の上を跳ねるイメージで駆け下りる。  学校は山の中腹にあって、駅まで軽いカーブを描いてアスファルトの続く坂道だ。帰りのホームルームの時間までつぶして悦に入っていた愛国省エージェントの特別講義が終わると同時に抜け出したから、わたしの前を歩く生徒たちはほとんどいない。ときどき近所の人っぽい人が自転車をひいているけれど、こちらをちらと見て道を譲ってくれる。 「すみません!」  息をするたびに肺の輪郭がわかるようなくるしみが鼻の方につきぬけていく。平坦を

          13. 最高級形成牛「ソラリス」――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」Hell-1

          12. あなたの理想とする世界は実現しましたか――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」Hello, -2

          「それは知らなかったな」 「はたしてそうでしょうか。内訳としては単身の自殺が八人、無理心中が四人、餓死が三人、原因不明の変死体が二人、殺人未遂のち正当防衛での返り討ちが一人です。一連の死亡者の関係は政府によって隠蔽され、第一弾によってじゅうぶんな知見が得られたとの公式発表をもってユービックプロジェクトは終了しました。一部のジャーナリストが取材を重ねはしましたが、そのどれもが形になりませんでした。プロジェクトの一員が死亡者の解剖結果と彼らの脳に異常が見られなかったデータをわざと

          12. あなたの理想とする世界は実現しましたか――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」Hello, -2

          11. ユービックプロジェクト――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンストシュッヘの巡礼」Hello, -1

          Hello, 「なにを見せられていたんだ」  とエルンスト・シュッヘは言った。  敷居を越えた瞬間に彼を取り巻いていたものが消失し、夜の海上にいた。そのまま心身の自由もきかず白昼夢が覚めるような感覚によって、キキバラ・キキという学生の主観を四半日ていど切り取った生活を体験したが、そこも彼の知っている社会ではなかった。 「名もなき未来のひとつです、とでも言えば満足でしょうか」  とゼロは言った。 「もっとも、起こりうる出来事は起こりえない出来事も含めすべて名もなき未来ですが」

          11. ユービックプロジェクト――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンストシュッヘの巡礼」Hello, -1