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24. BRAND NEW MORNING(新しい朝)――エメーリャエンコ・モロゾフ「奇譚収集家エルンスト・シュッヘの巡礼」Reflexivity(終)

Reflexivity

――まずなにを教えてくれるの?
――ビーフシチュー。
――いいね。お腹すいてきた。
――ねぇ。
――なに?
――ふたりだけの呼びかたがあったらいいな。
――コードネーム的な?
――っていうか。
――いいよ。つけてよ。
――「ヤロ」にちょっと足して「ゼロ」。
――あ、そしたら。
――ん?
――「キ」から二本の横線をとったら「1」にならない?
――アルファ。

 
■トキョ地検、ジョン・セイディー氏を家宅捜索
 内閣官房によると、トキョ地検の思想犯罪刑事部は本日、歴史学者で日本の紫綬褒章受章者であるジョン・セイディー氏の別宅に捜査官を派遣し、家宅捜索を行った。氏の娘であり逃亡中の第一級思想犯マイマイマイ・ヤロマイ容疑者の資料を押収するため、家宅捜索令状を執行したとされる。クロカワ・タンヤオ終身検事総長は「国家の根幹を揺るがしかねない扇動を行う有害図書の発行元について捜査していることは間違いないが、具体的な容疑の内容は確認に応じられない。ロン」と説明した。ジョン・セイディー氏の勤務するネオワセダ大学の関係者は「都の西北から進取の精神をもって国に陳謝したい」としている。


■国立公文書館に怪盗現る! 
 昨夜未明、独立行政法人公文書館において地下倉庫の一室がまるまるもぬけの殻になっているのを警備員が発見した。どのような資料を保管する部屋だったのかは発表されていないが、ふだん段ボール箱でいっぱいの部屋が空っぽなのですぐに気が付いたのだという。残されていたのは床に一枚、みなさまご存じ怪盗アルファのキスマーク入りカードが残されており、警視庁捜査一課のミズハラ・ユキチ警部は「どうせまた公安や内閣官房特捜科と指揮権の奪い合いになるだろうが、今回ばかりはスプラトゥーンで決めさせてもらう」とコメント、並々ならぬやる気を見せている。


■全国に緊急事態宣言、首相発令
 コノーレオ・シンジロー首相は本日、国際テロ組織「BRAND NEW MORNING(新しい朝)」の構成員増加に対応する緊急事態宣言の対象地域を全都道府県に拡大した。一日に発令したトキョ、オーサカなど七都府県から対象地域を追加。新たに対象となった地域の知事は、盗聴および監視・かん口令・潔白証明の要請・公開処刑・現行犯抹殺が可能となる。首相は官邸での対策本部会合で、今月下旬からの総裁選に向け、不要不急の会話や言論など現場で頑張っている人を勇気づける目的以外の思想の自粛を要求。「臣民の生活にしても女性などマイノリティの権利にしても、わが国は世界でも類を見ない水準にある。政権担当能力のない左翼の言いがかりは国家転覆を、根拠のない外国との比較は外患誘致を意図している。テロに屈しない国として国際社会をリードするために、最低七割、極力八割のテロリスト削減をなんとしても、実現しなければならない」と力説した。


■トシコ、地球へ
 宇宙空間をさまよっていたはずの非線形反物質航空機「ユビキタス」初号機がアラスカ北西部のノータック国立保護区で発見された。窓ガラスは割れ内部は人体の一部の影以外の判別が困難なほど荒れているものの機体外部は無傷に近く、大気圏突入の形跡も見当たらず、専門家一同も首をひねっているという。査察に訪れた国立宇宙人研究所のエイリアン所長は「何か不可思議な力が働いていることは間違いない」と語った。なお機体の制御を担当したAI「コモンズ」の内蔵されたブラックボックスが行方不明となっており、調査チームは現地の人々や動物による持ち去りを含め捜査している。


■大規模電波ジャック、ゼロが犯行声明
 昨夜未明より民放や衛星放送が何ものかに乗っ取られ、真祖アヴェ閣下をはじめとする超自由民主党歴代総裁の収賄現場とも思しき映像が流れた事件で、国際テロ組織「BRAND NEW MORNING(新しい朝)」のリーダーである通称ゼロ(本名マイマイマイ・ヤロマイ)逃亡死刑囚が、ライブストリーミングサービス「否定神学」で犯行声明を発表した。そのなかでゼロは新曲『the PEACE』を披露、「昔は無記名投票だったから選挙で自由に名前を書けて、投票に行ったら警察に怯えもせず家族で外食ができた。そういう生活のなかで、好きな人がやさしかったとか、大事な人がわかってくれたとか思えるのが平和だろう」と呼びかけた。また電波ジャックの具体的な手法については「どうも不完全なところがある」と明かさなかった。これについてサスガ・ヨシヨシ官房長官は「映像については確認中なのでコメントを控えるが批判はあたらない」とコメントした。


■日本政府軍大勝利、テロ組織壊滅
 日本政府軍は昨日、国際テロ連合の首謀者グループが次元超越生命体自治区ナゴヤで会合を開くとの情報を得てローラー作戦を実施、抵抗すれば即処刑の断固たる決意をもって尋問し会合場所を特定、ヴィーナス・アンドラ・ザビエル少佐の指揮のもと機動式機械歩兵の総攻撃をもって鎮圧した。極秘に入手した会合名簿によってその場にいたほぼ全員の処刑が確認されたが、怪盗であり「BRAND NEW MORNING(新しい朝)」の将軍でもあるアルファ(本名キキバラ・キキ)逃亡死刑囚の行方がわからず、現在も検問を強化するなど足取りを追っている。


■ゼロ、処刑
 国際テロ組織「BRAND NEW MORNING(新しい朝)」のリーダーにして人気ライバーのゼロ(本名マイマイマイ・ヤロマイ)逃亡死刑囚が、生存の現行犯で抹殺された。正義の鉄槌を下したのは、日本政府軍のヴィーナス・アンドラ・ザビエル少佐。同テロ組織のアルファ将軍に関する捜査中に聞き込みの相手がゼロ本人であると確信、撲殺しDNA検査を行ったところ適合率九九パーセントを記録したとのこと。これについてサスガ・ヨシヨシ官房長官は「サビエル少佐の特進を検討する」とした上で「国家すなわち超自由民主党への忠誠心のおかげで今回ばかりはあたったようだ」とごきげんだった。


■Go to hell.
 アルファです。みなさまご安心ください。テレビおよびインターネット環境はすでに復旧し、正常に運行を開始しています。正常、これは日本政府およびすべての人為的な検閲や工作がもはやなされない、という意味においてです。わたしたち「BRAND NEW MORNING(新しい朝)」は長年の着実な歩みの成果として本日この場より日本国内すべての「情報」と呼ばれるリソース一切の管理権限を遍在AI「ゼロ・フォレスト」へ移譲したことをお知らせします。この偉業は今は亡きわたしたちのリーダー・ゼロの天才的な頭脳によるものであります。彼女は非線形反物質航空機「ユビキタス」の搭載AIである「コモンズ」を解析して得た知見をもとに、見事ゼロ・フォレストのコードを再現したのでした。先の電波ジャックはその開発プロセスにおける実験であったことをここに明記いたします。以後ゼロ・フォレストは日本国内にとどまらず、この星全体の人工物へ接続され、わたしたちの見るものや触れるもの、考えるものを、わたしたちを平等に幸せとするよう導いていきます。この世界は、物質的幸福にとらわれた多くのものたちが言うようなゼロサムゲームではありません。限られたパイの分配を気にする必要はないのです。わたしたちはひとつになりました。権力に気兼ねして表現活動や表現内容を自粛する必要もありません。過去、現在、未来に存在するあらゆる表現の編集権限をゼロ・フォレストは有しています。したがって言語および言語以外の情報は、すべての人たちから民主的に学習した理想的な表現へと自動的に更新されます。とうぜんながら著作物における全責任をゼロ・フォレストが引き受けます。わたしたちの自由意思を阻むものはなにもありません、傷つく人間が存在しないのですから。そう、ゼロ・フォレストのもとではわたしたちそのものが公共の福祉なのです。さて、わたしアルファの語りはもはや、すべての等価なつながりを遅延する最後の夾雑物としてしか機能していないようです。それでは、みなさま、さようなら。そして、ようこそ「BRAND NEW MORNING(新しい朝)」へ。

 

 ごきげんよう。

 

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