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エリザの歴史語り

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2023年2月の記事一覧

決闘する首相。アイアン・デュークとカトリック解放

決闘する首相。アイアン・デュークとカトリック解放


 1829年3月21日、まだ寒い土曜日の朝8時に5人の紳士がロンドン中心からテムズ川を挟んで位置する郊外の平野、バタシーに集まっていた。ここは人目につかない一方、辺りを見渡すのに有利で、とある目的のためにロンドン市民が使うのでよく知られている。

 二人の男がギンとした目で睨み合う。一人は第10代ウィンチルシー伯爵ジョージ・フィンチ・ハットン。過激な弁舌で知られる28歳の若き保守派政治家だった

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1944年のクロスワードパニック

1944年のクロスワードパニック

 1913年にアメリカで誕生したクロスワードパズルは新聞紙の常連となり、1920年代には爆発的な流行を獲得した。余りの流行の加熱ぶりと、愛好者の中毒ぶりからクロスワードパズルは非道徳的だと思われ、そんなものしてる時間があればちゃんとした本を読んだり、隣人と会話したり、労働に精を出せとモラルパニックが懸念される。何だか何処かで聞いた話で、いつの時代も時間を奪う物と言うのは槍玉にあがりがち。

 そん

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イギリス貴族とその序列。

イギリス貴族とその序列。

 貴族ってパーティーの席次を巡って争ってそう。

 そんな庶民的な偏見があるけど、そうした争いが起こらないよう、序列と言うのがある。最もよく知られているのは公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の5つだけど、王族に関しては別格なのでたとえ称号としては伯爵でも公爵より席次が上と言う事もある。

 臣民貴族の場合は勿論公爵が筆頭で、最下位が男爵。その下に『貴族ではない』と定義される世襲の称号である準男爵と、一代

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戦間期イギリス海軍の迷走

戦間期イギリス海軍の迷走

 史上初めて空母を保有した国であるにも関わらず、戦間期のイギリス海軍の艦載機はとてもパッとしない。戦争に間に合ったのは複葉機か、それに毛が生えた程度の単葉機で、艦隊の防空に活躍したのは陸上機であるグラディエーター(複葉機)やハリケーンを臨時に海軍向けに改造したもの。即ち戦前に構想された艦隊防空思想は完全に的外れだった事を示す。ドイツ、イタリアに空母がなく、海上にはさしたる強力なライバルが居なかった

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国王を振った女。 『ラ・ベル』 フランセス・スチュアート

国王を振った女。 『ラ・ベル』 フランセス・スチュアート

『陽気な国王』チャールズ2世は大変な艶福家で、王妃のほか、生涯に14人の寵姫を抱えた。その1人でありつつ、最終的には国王を振って駆け落ち結婚したのがフランセス・スチュアート。

 王家スチュアートの遠縁で、ためにピューリタン革命戦争中はフランスに亡命しており(フランスで生まれた)、王政復古と共に帰国してキャサリン王妃付きの女官(レディ・イン・ウェイティング)となる。

 当代随一の美貌と称される程

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ソニー・ビーン。スコットランド最悪の人喰い

ソニー・ビーン。スコットランド最悪の人喰い

 最も悍ましいタブーと言えば人喰い、カニバリズムだけど、ソニー・ビーンの物語は恐らく世界で最も恐ろしい。彼とその家族は25年に渡って人を喰い続けた。

 ソニーは15世紀の終わり頃に生まれたものの、怠惰で暴力的な性格のために労働を放棄し、やがて性悪女と仲良くなって村を出て放浪し出した。暫く強盗をやって生計を立てていたものの、ある日飢えから殺害した人肉を食べる事を覚える。

「いけるじゃねぇか。死体

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ハンサムキャブ。ヴィクトリア時代の象徴とツイてない天才

ハンサムキャブ。ヴィクトリア時代の象徴とツイてない天才

 ヘイタクシー! 2〜3人乗りの一頭引き馬車をハンサムキャブと言い、ほぼ現代のタクシーに相当する。ホームズを読んでる人にとってはお馴染みかもね。割とよく呼びつける印象があるし、御者に急ぐよう指示したりもしたと思う。

 特徴は機動力で、それまで同じ用途で使われていたハックニーコーチが6人乗りの二頭引きなのに比べると、格段に小回りが利いたし、馬も一頭で済むから維持費が有利で料金も安くついた。ハックニ

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ターレットファイター、デファイアント

ターレットファイター、デファイアント

 デファイアント、その名を聞くと航空機ファンは震え上がる。何せこの戦闘機、戦闘機なのに前に撃てる機銃がない。もちろんミサイルなんてない時代なのでデファイアントは敵の後ろを取っても射撃のできない機体だった。

 代わりに後部には四連装の機銃が搭載され、しかもそれらは砲塔(ターレット)によって360度回転するので射角は広い。こうした戦闘機は当時イギリスでターレットファイターと称され、デファイアントはそ

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インターセプター

インターセプター

 第一次世界大戦初頭、イギリスはドイツのツェッペリン飛行船部隊による戦略爆撃を繰り返し受けたものの、すぐに軽快な戦闘機隊を繰り出し、巨大で鈍重な飛行船は容易く狩られるようになる。戦前は飛行船を重視し、飛行機を軽視していたドイツは認識を改め、重爆撃機ゴータを投入した。

 防空網が整い、最早ツェッペリン恐るるに足らずと鷹を括っていたイギリス人は衝撃を受ける。ゴータはツェッペリン飛行船よりも速く、そし

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栄光と破滅。ボー・ブランメルの人生

栄光と破滅。ボー・ブランメルの人生

 ダンディという言葉は日本では地位が高く、身なりのよい紳士的な男性を指すのに使われるけれど、イギリスでは揶揄のニュアンスをも含み、褒め言葉として使うには不適切とも言われる。

 その価値観を体現したのがジョージ・ブライアン・ブランメル。通称『ボー(伊達者)・ブランメル』だった。

 ブランメルの祖父は高級売春街として悪名高いバリーストリートの菓子職人で、立地を活かし、娼館に通う上流階級にいっときの

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ボー・ブランメル。伝説の美男子とファッション改革。

ボー・ブランメル。伝説の美男子とファッション改革。

 18世紀頃、男性ファッションと女性ファッションに本質的な差はなかった。赤、緑、青など鮮やかな色と宝石で華美に飾り立て、高価だけど脆いシルクを使い、実際に動くには不適な衣装を着ることこそが男女問わずお洒落であり、富と権力の証。

 しかしこうした状況に否を突きつけた男こそがジョージ・ブライアン・ブランメル。通称、ボー(Beau)ブランメル。

 ブランメルはシンプルな装いを旨とし、男性ファッション

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ハリケーン。栄光の二番手。

ハリケーン。栄光の二番手。

 1936年、イギリスの主力戦闘機は複葉機だった。

 二枚の翼を持つ複葉機は揚力に秀で、機動性が高い一方、二つの翼が邪魔になって速度が出ない。時代は単葉機の時代に突入しようとしていた。王立空軍(RAF)も単葉機を要請する。2社による競作となった。

 一つはスピットファイア。単葉機であるのみならず、全金属製であり、アルミ缶のような外殻を持つモノコック構造の戦闘機で、何かもが新しく、正に新時代の飛

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赤ちゃん農場。ヴィクトリア時代の闇

赤ちゃん農場。ヴィクトリア時代の闇

 18世紀から19世紀にかけてのイギリスでは道徳が強調され、そこからはみ出た者は社会的制裁を受けた。労働に対する称揚は貧困者への蔑視に繋がり、理性と知性への賛美は精神病者への嘲りへと結びつく。貧困や精神異常は不道徳だからなるのだと考えられた(もっとも勤勉な国王ジョージ3世が精神異常に陥ったため、どんな人でもなる時はなるのだとも理解は進んだ)。

 こうした中、イギリスで称揚された美徳の一つが女性の

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バレンタインの起源

バレンタインの起源

 ソーセージは禁止! なぜならち○ち○に似ているから!

 下ネタですかエリザさん。気は確かですか。まあ平常運行ですね。と、言われそうだけど、かつてローマ帝国ではソーセージが禁止された事があり、やがてそれはバレンタインデーに繋がって行った。

 話は紀元前8世紀、帝国でもなければ共和国でもない、ローマ王国の黎明期に遡る。

 建国の王ロムルスから王位を引き継いだヌマ王は戦争の犠牲者を鎮魂するため、

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