ソニー・ビーン。スコットランド最悪の人喰い
最も悍ましいタブーと言えば人喰い、カニバリズムだけど、ソニー・ビーンの物語は恐らく世界で最も恐ろしい。彼とその家族は25年に渡って人を喰い続けた。
ソニーは15世紀の終わり頃に生まれたものの、怠惰で暴力的な性格のために労働を放棄し、やがて性悪女と仲良くなって村を出て放浪し出した。暫く強盗をやって生計を立てていたものの、ある日飢えから殺害した人肉を食べる事を覚える。
「いけるじゃねぇか。死体も隠せるし金品も奪える。一石三鳥だな」
こうしてソニー夫妻は捕食者になり、満潮時には入り口が海面下に沈む海岸の洞窟を寝ぐらとして旅行者を待ち伏せし、殺害しては食べていった。
殺人以外やる事のない2人はセックスに励み、子供が次々に産まれる。当然マトモな教育など施さない。子供達は何の罪悪感もなく両親の仕事を手伝い出した。
「ガキも悪くねぇな。見張りに使えるし、襲撃の時に人数がいるのもいい。お前らもガキを産め」
こうして洞窟内で悍ましい近親相姦が繰り返され、ソニー達はやがて48人もの大家族となる。人数が増えた分ソニー達の狩りは大規模になり、そして狡猾さを増した。5人以上は襲わない。逃亡ルートはあらかじめ塞ぐ。
かくしてスコットランドは謎の行方不明者が増え続ける。治安当局は躍起になって捜査し、大勢の人達が冤罪で処刑されたものの、肝心のソニーは存在すら感知されなかった。25年以上に渡って人喰いを続けたソニーと呪われた家族によって捕食された人達は、300人以上とも、1500人に上るとも。
しかしソニーの悪行にも遂に終わりがやって来た。一頭の馬に跨る夫婦を襲撃した際、妻は殺害できたものの、夫は激しく抵抗し、馬を飛ばして駆け去った。ちょうどその時集団が現れたのでソニー達は洞窟に撤退する。
「人殺しが海岸のあたりにいます! 妻を取り返してください!」
時のスコットランド王ジェームズ1世は400の兵士と猟犬を派遣し、ソニー達の捜索に当たらせた。人間の目には捉えられないソニー達の洞窟だけど、犬の鼻は異様な死臭を捉える。
「ひっ、こ、これは……!」
踏み込んだ兵士が腰を抜かす。そこでは人間が解体され、塩漬けの保存食として加工され、ソーセージになっていた。
「人喰い鬼ども! 覚悟しろ!」
短い戦いの後、ソニー達は全員捕縛される。あまりの悍ましさに裁判なしで極刑とされ、成人した男はソニー含め両手両足を切断の上、死ぬまで激痛の中放置。女子供は全員火刑に処された。
しかし捕まったのは46人で、悍ましいソニーの血を受け継ぐ呪われた男子2人は捕縛を免れ、ついに捕まる事はなかったという……
以上がよく知られているソニー・ビーンの物語で、ソニー達が潜伏していたとされる洞窟は観光名所となっており、大衆文化に深く浸透している。
グロ話やホラーとして非常によく出来ているけど、逆に言うと出来すぎでもある。実のところソニー・ビーンの物語の初出は18世紀の事で、15世紀には一切言及されておらず、行方不明者が多発したと言う記録もない。またソニーが活動した時期も16世紀だったり17世紀だったりどうも安定しない。信憑性に欠ける。
ソニーの物語には先行する伝説があり、クリスティ・クリークと言う14世紀、飢餓期のスコットランドの人物で、集団を率いて死肉漁りをしたり、旅人を襲撃して人肉を喰むなど、ソニーと酷似する部分が大きい。これが元ネタになったか、或いはベースとなった史実から派生した可能性がある。
しかし今日において、ソニーの物語は18世紀イングランドにおける反スコットランド感情の発露であり、スコットランドへのヘイトを目的とした庶民階級のプロパガンダだと言われている。元々イングランドとスコットランドはブリテン島を巡るライバル同士で、中世を通じて幾度も干戈を交え、近世になって同君連合を形成してもなお異様に仲が悪い。18世紀初めに合同法が成立し、両国が連合王国イギリスに統合されるものの、事実上はイングランドによるスコットランド併合で、怒ったスコットランド人はフランスと組んで反乱を起こした。
「やっぱりスコットランド人は野蛮なんだ!」
必然的にイングランドで反スコットランド的な空気が醸成される。反乱軍の中でも頑強に抵抗した北部スコットランドの氏族ハイランダー達は特に嫌悪され、奴らの起源は人喰い鬼で今でも非文明だと罵られる。そもそも当時、ソニーと言う名前そのものが野蛮なスコットランド人を罵るイングランド人による蔑称だった。
ソニー・ビーンの物語はこうした時期に生まれたものであり、スコットランドへのヘイトを目的とした捏造だと現代では多くの人が認識している。しかし異論もある。
「初出がそもそもグロ話やホラーを纏めてたニューゲートカレンダーだ。真偽不明の悍ましい話ならイングランド側にも大量にある」
ニューゲートカレンダーは死刑囚を収容するニューゲート刑務所の看守達が発行していた月刊誌で、死刑囚達の官報だった。しかしこのタイトルは盗用され、チャップブックと呼ばれた40ページ程の大衆向け小冊子が刺激的な娯楽として実在或いはフィクションの死刑囚を取り上げ始める。ソニーの物語もそこから生まれた。
「反スコットランド的感情が生んだ物語と言うのはそれはそうだろうが、一連のグロ話の中の一つであって、たまたまとてもよく出来てたから人気を博しただけじゃないのか?」
エログロナンセンスは結局いつの時代も庶民に人気が高い。現代を生きるわたし達も割とそれを消費してる。
真偽は怪しいものの、初出から200年以上経っても忘れ去られる事なく生き残ったソニー・ビーンの物語は今や世界中に拡散し、当のスコットランド人にも愛好されている。
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