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国王を振った女。 『ラ・ベル』 フランセス・スチュアート

『陽気な国王』チャールズ2世は大変な艶福家で、王妃のほか、生涯に14人の寵姫を抱えた。その1人でありつつ、最終的には国王を振って駆け落ち結婚したのがフランセス・スチュアート。

 王家スチュアートの遠縁で、ためにピューリタン革命戦争中はフランスに亡命しており(フランスで生まれた)、王政復古と共に帰国してキャサリン王妃付きの女官(レディ・イン・ウェイティング)となる。

 当代随一の美貌と称される程の美人で、ラ・ベル・スチュアート(フランス語で「美しきスチュアート」)と讃えられたフランセスを美女好みのチャールズ2世がほっておく訳もなく、たちまち寵姫としなった。しかしここから少し話はややこしくなる。

 チャールズ2世はフランス亡命時代にルイ14世に保護された事から親フランスであり、イギリスの国教であるイングランド聖公会やプロテスタントよりもカトリックにシンパシーを持っていて、いつかカトリックに正式に改宗する密約まで交わしていた(臨終の間際に実際改宗した)。

 イギリスの国民的感情からするとフランスは不倶戴天の敵であり、カトリックには強烈なヘイトがあるので表立ってはそれを言えないチャールズ2世だけど、ある程度態度に出る。カトリック国ポルトガルからキャサリン王妃を娶ったのはその一つだった。

「王妃がカトリックとか……」

 当然キャサリン王妃は国民的人気が低い。聖公会に言祝がれるのは断ると、王妃としての戴冠式を拒否したのもイギリス人の気に食わなかった。

「陛下は寵姫のフランセス嬢にお熱らしい。遠縁だがスチュアートだし、何よりプロテスタントだ。王妃を入れ替えるべきじゃないか?」

 この提案は実際に為され、チャールズ2世自身もしキャサリン王妃が亡くなったらフランセスを王妃に迎えようか検討したけど、結局なしになった。

「王妃に失礼過ぎる……」

 猟色家で王妃と寵姫以外にも大勢女を抱いたとされるチャールズ2世も流石に遠くから嫁いできてくれた王妃には気を遣った。一方でフランセスはと言うと、寵姫と言う立場が不安定で、しかも政治に巻き込まれかねない事に気付く。

「後ろ盾は陛下の好意ただ一つだけ。それに私を利用しようとする人も大勢いる事が分かった。これは、ヤバいかも……」

 フランセスは普段はチャールズ2世や周囲の男性に媚びるため、白痴を装い、お馬鹿ちゃんを演じる事で彼らを満足させていたものの、実のところ馬鹿ではなく、立場の危うさを理解すると寵姫レースから降りる事を密かに決意した。フランセスは廷臣の一人であるレノックス公爵と密かに恋仲になる。

「後は後腐れなく寵姫を辞すだけなんだけど、陛下が離してくれない……」

 当代随一の美貌の持ち主で、男心を擽る術を心得るフランセスにチャールズ2世は飽きるどころかお気に入りもいいところだった。しかしそんなフランセスにライバル心を燃やしていたのが同じく寵姫でチャールズ2世のお気に入りであるバーバラ・パーマー。

レディ・バーバラ。美人で権勢欲が強く、わがままな癇癪持ちで、口が悪くてトラブルメーカーと言う地雷女の塊みたいな存在で、国家の敵と罵られた。王妃にも喧嘩を売ったのでその時は流石のチャールズ2世も激怒した。

 レノックス公爵とフランセスの恋仲に気づいたバーバラは二人が同衾しているタイミングを見計らうと、チャールズ2世を誘って襲撃する。

「ああ、可哀想な陛下、これは酷い裏切りです!」

 なお、バーバラはフランセスなんて目じゃないくらい大勢の若い愛人を抱えてたけど、それはそれ、これはこれ。チャールズ2世は激怒する。フランセスは真っ青になったものの、こうなったらやる事は一つだった。

「駆け落ちしましょう!」

 泡を食うレノックス公爵を説得すると、怒ったチャールズ2世から何かされる前にと強引にフランセスは逃げ出し、結婚してしまう。寵姫としての年月は4年だった。

「よく考えたら若い女性を縛り付けて、逆恨みするとか、私は私が恥ずかしい……」

 基本穏和な性格のチャールズ2世は公然と振られたにも関わらず自省し、何もしないからと二人を呼び戻した。

「と、言いつつ夫は栄転だからと外国大使として派遣して、私は相変わらず宮中の女官に止めるんだから、この王様は……」

 美人に目がないチャールズ2世に呆れるやら、寧ろもう感心するやらのフランセス。やがて力一杯チャールズ2世を振り回してくれる庶民出身の寵姫、ネル・グウィンが現れ、更にフランスからチャールズ2世の好みど真ん中のルイーズ・ド・ケルアイユがやってくると、チャールズ2世の興味はそちらに割かれ、フランセスはやっと安心する。

 とは言え惚れた女への愛情が消えたわけでもなく、フランセスが天然痘を患い、顔面に醜い痘痕が出来て容貌を損なっても変わらず宮廷に置き、気遣い続けた。

女神ブリタニア。イギリスの擬人化

 天然痘を患う前、フランセスの美貌を元にチャールズ2世は擬人化されたイギリスである女神ブリタニアを描かせ、ローマ帝国時代以来暫くぶりに硬貨にその姿を描かせた。以後、女神ブリタニアは伸びて行くイギリスの国民的アイコンとして親しまれ、重要な役割を担う事になり、それは今も変わらない。

 歴史に名を残す美貌のもと寵姫は、こうしてイギリスの象徴の一つとなった。

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