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ターレットファイター、デファイアント

 デファイアント、その名を聞くと航空機ファンは震え上がる。何せこの戦闘機、戦闘機なのに前に撃てる機銃がない。もちろんミサイルなんてない時代なのでデファイアントは敵の後ろを取っても射撃のできない機体だった。

 代わりに後部には四連装の機銃が搭載され、しかもそれらは砲塔(ターレット)によって360度回転するので射角は広い。こうした戦闘機は当時イギリスでターレットファイターと称され、デファイアントはその数少ないモノになった一機だった。

 ターレット側には射手が乗り込み、機体そのものはパイロットが操縦する複座式で、パイロットは操縦に専念し、射手は射撃に専念する事で互いにストレスを軽減するとされ、パイロットに変な撃ち気を生じさせないために前方機銃は撤去された。戦雲が近づく中、RAFはこの機体に大きな期待を寄せており、400機が発注される。因みにハリケーンは1000機、スピットファイアは310機。つまりこの機体はまだ戦闘機の数が揃わないバトル・オブ・ブリテンの時点では押しも推されぬ立派な主力機の一角だった。デファイアントの発注はなおも続き、最終的に1065機が生産された。

 デファイアントはハリケーンによく似ていたので、実戦に投入するとハリケーンと誤認したドイツ軍編隊によって後ろから攻撃を受けるものの、後ろに自在に動くターレットを持つデファイアントにとっては寧ろ理想的な状況で、複数機で濃密な弾幕を展開。一斉射撃を受けたドイツ編隊は大打撃を受ける。しかしハリケーンに似た変な戦闘機がいる事が理解されると、デファイアントは一転して窮地に立たされた。前には撃てない。なら前から突っ込めばいい。

 普通の戦闘機なら後ろを取られないよう動くもんだけどデファイアントの場合は前が鬼門だった。そして後ろも強いとは言えない。二人乗りで重たいターレットを搭載しているデファイアントは鈍い。鈍すぎてダフィー(ノロマ、バカ、アホ、間抜け)とかパイロットに罵られる始末だった。格闘戦に巻き込まれたら間違いなく死ぬ。もちろんスピードでも負けてるので一撃離脱をやられても死ぬ。最大の特徴のターレットは、高速で動き回る敵に追随するには遅く、回避を優先するパイロットは必死で進路を変えるので、射手は射撃の機会を得られない。

 かくしてデファイアントの屍は積み重なり、日中に出撃するのは自殺行為と言う事でデファイアントは2人いるパイロットと低速の最低速度を活かし、日中の戦闘よりも航法や着陸の難易度が上がる夜間戦闘機となり、それなりに戦果を挙げるも、本格的な夜間戦闘機が開発すると一線を退き、複座を活かして教官と一緒に飛ぶ練習機や、射撃練習用の吹き流しを曳航する標的機、或いは鈍さを活かして海難救助機として活躍した。

 デファイアントは戦後悪い意味で有名になり、駄作機、失敗作と罵倒され、日本においてはイギリス特有のトンデモ兵器群の最も有名な一角として、いわゆる英国面の空の象徴のような存在として知られている。

 ところで何でこんな物が作られたのか。それが今回の本題となる。

 デファイアントが登場した1930年代は爆撃機の性能向上が著しく、戦闘機はと言うと伸び悩んでいた。爆弾と言う重たい物を抱えた爆撃機は戦闘機と同じエンジンを積むと当然、動きは鈍くなる。そこでエンジンを2つ積んで出力を増やした。結果は劇的で、爆撃機は大幅な速度上昇を果たす。

「戦闘機より速い爆撃機を作れば、護衛などされずとも敵都市を素早く爆撃し、追撃される前に引き上げられるのでは」

 こうして世界中で爆撃機の優位が議論される事になる。戦略爆撃の父ドゥーエ、イギリス空軍の父ボールドウィンら空軍の権威が声高に主張した。

「爆撃機は常に通り抜けるでしょう!」

 戦闘機だってエンジンを二つ積めば条件は同じと思うけど、目視してから発進して必要な高度まで上昇するまでに敵機は爆撃を済ませ、軽くなった身で悠々と引き上げる、と考えられた。追いついたとして、爆撃機は空中スクラムを組んで濃密な弾幕を戦闘機にお見舞いしてくる。日本でもこの頃戦闘機無用論が唱えられる。

 デファイアントはこうした理解が一般的な時代に生まれた戦闘機で、対爆撃機専用の戦闘機だった。ロンドン周囲を昼も夜も変わらず常時パトロールし、敵がきたら編隊を維持して敵爆撃機編隊の下、あるいは横に回り込んで、真正面を担当する機体とともに斉射を加える空のファランクス。真正面担当がスピットファイアやハリケーンで、故に前者は八門、後者は十二門と搭載機銃も多い。RAFは敵爆撃機を手数で押し潰す戦略を構想しており、デファイアントはその優れた伴奏者になるとされた。主力スピットファイア、ハリケーンの伴奏者だからこそ1000機以上も発注された訳で、スピットファイアらと競ってた訳ではなく、寧ろ補完する存在と位置付けられてた。夜間性能が高いのも偶然ではなく、元々昼夜問わない運用に重きを置くゾーンファイターとしての側面が強い。

 そもそも敵戦闘機との接触を前提にしてない。本土防衛専用の機体であって、戦前の構想としては航続力不足から護衛戦闘機をつけられないドイツ爆撃機の密集陣をやっつける事を構想した機体で、ドイツの戦闘機と真面目に戦ったら勝てないのは誰でも知ってる。そう言うのはスピットファイアやハリケーンに割り振るのが前提と突き詰めた機体だったものの、戦況が変化し、フランスを占領したドイツが護衛戦闘機を出してきたもので、たちまちコンセプト不調を来たした。

 イギリス本土まで敵戦闘機は到達すまいと、爆撃機キラーとして設計されたデファイアントは敵戦闘機に無力ではあったものの、敵位置が共に掴めない夜間航空戦では2人分の目と、自在に目標に志向できるターレットが幸してそれなりの戦果を築き、繋ぎとしての役割を全うして退役する。

 珍機迷機駄作機と現代では見做されるデファイアントだし、その評価は正当だけど、戦争なんてやってみないとわからない。訓練でわからないこともある。イギリス空軍では500キロ超の戦闘では人間の生理的限界によって格闘戦は生じ得ないと言うのが主流の意見だった。結果的には間違いだったけど、それを愚かと断じれる人もいないでしょう。

 デファイアントとスピットファイアの違いに関して、前者が割とすんなり通ったプロジェクトであり、後者が迷走を繰り返したプロジェクトだったというのもある。

 目的が明快なデファイアントのプロジェクトはすんなり決まる一方、スピットファイアのプロジェクトは迷走を繰り返した結果、コンセプトから外れた戦況でも問題なく適応する冗長性を持っていた。

 

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