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~ある女の子の被爆体験記47/50~現代の医師として広島駅で被爆した伯母の記録を。”人を助けたいと、人は思うもの”

チャップリン

私たちは皆、お互いに助け合いたいと思っています。人間とはそういうものだからです。相手の不幸ではなく、お互いの幸福によって生きていきたいのです。

We all want to help one another. Human beings are like that. We want to live by each other’s happiness, not by each other’s misery.


助けることの喜び、優越感なの?昔、悩んでいたこと

人を助けると、助けた人は、幸せを感じる。

でも、

”それは優越感からではないの?”

そういう疑問に対して、科学的な答えは今は明示できないかもしれません。

しかし、です。

私は物事を斜めから見ることがあります。だから、人を助けた時に嬉しいと感じても、“私は素直に嬉しいのかな。もしかして、優越感からなのかな”と、心の中で疑問に思ったりしていました。かつては、結局のところ、自分が人を助けて喜んでもらったことに嬉しいと感じたことを、肯定できずにいました。

だからといって、人を助けないのではないのです。淡々と人を助けることをして、自分の喜びをできるだけ自覚しないようにして来ました。だって、自覚したら、”私は優越感に浸っている人”になっちゃうのかもしれないと、ちょっと思ったいたからです。

万が一、私が自分の行動に優越感を感じているとしたら、“人を助けることが嬉しい”なんていう気持ちは、優越感に浸っている証明みたいで、あんまり、人に話せることじゃないな、なんなら恥ずかしいことかも、と思ったりしました。

「どうれあれ、助ける行動をしているという事実は、少なからず人に役立っている。私がどう感じるかなど、問題ではない」その時は、そう思ったりしていました。


助ける事実さえ繰り返すことができるなら、自分の気持ちはどうでも良かったとも言えます。

いや、違うんだと思った。

人は、誰か助けることで、喜びを感じる動物だと分かった。

でも、です。

でも、自分の行動で、人に喜んでもらった時、やっぱりうれしい。

人の本能的欲求「誰かを助けたい」

私は医者になったので、人に喜んでもらうことはあります。しかし、これは仕事だから、当たり前のことだと思ってきましたから、嬉しくても、常に冷静でいなくてはいけないと思ってやってきました。まして、その喜びが優越感で嬉しいと自分が思っているのだとしたなら、それは、はなはだ、恥ずかしいことです。だから、優越感など感じることは嫌ってきましたし、その中で自分が人に尽くして喜んでもらった時、客観的に自分の気持ちを観察して来ました。

そして、私も年をとり、経験を積み、自分の感情が少しわかるようになって来ました。

で、自分の経験から、分かったことがあります。もの凄く主観です。でも、いつか科学的に分かる日が来ると思うのですが、それまでは、私の主観に過ぎないけれど、


人を助けて喜んでもらうと、腱反射のように、瞬間的に、嬉しさが込み上がる。

これは、優越感というワンクッションおいた物とは、無関係だと、感じずにはおれません。

腱反射のような、

本能のような、

人を助けたいという欲求。喜び。

「そんな欲求ないよ」

という人がいたとしたら、それは、

便秘の人が、胃直腸反射に気づかないのに似ていると思います。

胃直腸反射とは、誰もが持つ腸の反射です。食べ物を食べて胃が膨らむと、腸が自然と大きな蠕動運動を起こし、それまでに溜まっていた便をだそううとする反射です。人は食後に便を出すために便意が起きるものです。

便秘の人は、忙しい日常の中で、体が便意を出しているのに、自分の便意に気づかないで、無視しているうちに、「私は便意がない」と思ってしまうことに似ていると思います。


なぜか、便の話になってしまいました。恐縮です。

「人を助けたい」という気持ちも、自然の起こる欲求です。

そしてそれは、人間らしい気持ちであり、人間らしい行動であり、それは、反射のような自然な気持ちです。人は、人のためにした行為で、自分の喜びも増やせるなんて、素晴らしいではないですか。

戦争とは

逆に人間が戦争に関われば、「人を助けたい」という人間の本能や欲求とは真逆のことをしなければなりません。これは、人間の脳にとって、心にとって、大変苦痛です。

戦争は、国のため、信じるもののために、集団で行うことです。しかし、それによって、戦争に行く個々の人々は、人間の欲求である「人を助ける行動」とは真逆の行動をしなくてはなりません。国が自国の人々を精神的に傷つけるということが、戦争によって行われるということです。これは、精神的、肉体的な虐待ともいえます。虐待は、犯罪ですから、戦争は、自国民を傷つける犯罪ということになります。実際、戦争へ行った後の方々は、何十年もPTSD(外傷後ストレス障害)に悩み続けます。

私は、人を助けることは、人間の自然な欲求、本能だと思います。それを奪う集団行動には、NOというしかありません。

だって、

私たちは人間なのですから。









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