#恋愛小説が好き
創作小説 中島みゆき「悪女」
新宿駅を出て、徹と暮らす部屋までの距離をスマホアプリで調べる。
甲州街道経由 3.3km 徒歩46分。
実家から中学校までの距離と同じくらいだ。自転車通学だったけど、大雨や雪の日は歩いて学校へ通った。ちょうどよい時間にバスも走っていない田舎だったし、朝早くから仕事に向かう母親に送迎を頼むことなんて出来なかった。川沿いの堤防を傘をさして歩いているとよく友達が乗った車に追い抜かれた。「優香ちゃんも乗
創作小説 香炉峰の雪、布団の中であなたと
布団から出て来ない聡に声をかける。
「ねえ、やっぱり雪が積もったよ」
「うーん、良かったね。薫ちゃん」
そんな風に言ってくれるけど、起き上がる気配は無い。昨夜は数年に一度の大寒波の夜だったのに、聡は終電まで職場の同僚とお酒を飲んでいた。
「電車も止まってるみたい。でも、休日の朝だから助かったね」
布団に丸まったままの聡からの反応はない。意地悪な気持ちじゃなくて、心からの優しさで、(人はそれを
創作小説 熱が出た日
熱を測ったら三十九度だった。残業続きで疲弊している夫に幼稚園の送迎を頼むのがためらわれ、何も言わず自分でこなすことにした。四歳になる娘は私の手を握り「ママの手あっちちー」と言った。
幼稚園から家に戻り、洗面所で洗濯と乾燥モードのボタンを押す。なんとか力を振り絞ったけど、朝食の食器まではとても無理だと思いそのままベッドに横たわる。
「おかゆにのりたまかけたから食べられる?」
「ありがとう」
創作小説 AI診断運命の人
「洋二くんと私の相性は抜群だね。運命の人って本当にいるんだね」
五年ぶりにできた彼女である美和子はそう言って上目遣いで俺を見る。うるっとした瞳で見つめられると胸が高鳴る。頬が緩まないよう感情を押し殺し、目の前のアイスコーヒーを口にする。
俺と美和子の出会いは、マッチングアプリだ。二十八歳の誕生日、出会いのない毎日に焦った俺は、高い登録料を払って「AI診断 運命の人」というアプリをダウンロ
「ただいまと言える場所」第3話
見上げればいつも見えるもの、ケープタウン 二十九歳の冬
テーブルマウンテンと呼ばれる山がこの街のシンボルで、街の中心地を歩く時、見上げれば必ずといっていいほど、視界の中にその山を見つけることが出来る。海沿いの街であるケープタウンの繁華街から十キロもいかない場所にそびえたつ標高千メートルの山は圧巻だし、そもそも名前の通りテーブルのような台形状の形は異様で、見る場所によって違った景色を見せてくれる
「ただいまと言える場所」第2話
窓から見える赤いタワー、東京 二十三歳の冬
「どうして、そんなことも分かってくれないの?」
私は苛立ちを抑えることなく、感情を爆発させ、佑馬を睨みつける。二人で暮らす1LDKのマンションはとんでもなく狭く、いつも物が溢れている。佑馬は、私の言葉に何も言わず、無言で下を向いている。まくしたてるみたいに私はそんな佑馬に怒号を浴びせる。しばらしくして佑馬は黙って部屋を出ていった。時計の針は二十二時半