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創作小説

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#恋愛小説が好き

小説 マカロニえんぴつ「なんでもないよ、」

小説 マカロニえんぴつ「なんでもないよ、」

未知と半同棲していた大学2年生の頃は、週に3,4回セックスをしていた。あれから5年経ち、今では月に1回するかどうかだ。でも、そんなことが俺が未知を好きじゃない理由とは関係ない。

そんなことを帰省帰りの電車の中で考えている自分はおかしいのだろうか。しかも、手術のために入院する母を見舞ったその帰り道だというのに。でも、帰り際の父の後ろ姿が頭に浮かぶ。

大切なこと何も言わない父。
明日母が手術をする

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創作小説 中島みゆき「悪女」

創作小説 中島みゆき「悪女」

新宿駅を出て、徹と暮らす部屋までの距離をスマホアプリで調べる。
甲州街道経由 3.3km 徒歩46分。

実家から中学校までの距離と同じくらいだ。自転車通学だったけど、大雨や雪の日は歩いて学校へ通った。ちょうどよい時間にバスも走っていない田舎だったし、朝早くから仕事に向かう母親に送迎を頼むことなんて出来なかった。川沿いの堤防を傘をさして歩いているとよく友達が乗った車に追い抜かれた。「優香ちゃんも乗

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創作小説 シルクロードを思い出して花束を

創作小説 シルクロードを思い出して花束を

青写真だな

心の中で呟く。
この街でシャッターを切れば自ずと青くなる。

本当の青写真の意味は図面などを複写する時に使われる写真技法のことなんだけど、ファインダー越しの世界を見て真っ先にその言葉が浮かんだ。

「サラーム」
イスラム圏ではお馴染みの挨拶の声をかけられ、振り返ると6歳くらいの少年が笑っている。
「フォト、フォト」
と言いながら自分と私を指さす。
写真を撮ってということなのだろうか。

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創作小説 香炉峰の雪、布団の中であなたと

創作小説 香炉峰の雪、布団の中であなたと

 布団から出て来ない聡に声をかける。
「ねえ、やっぱり雪が積もったよ」
「うーん、良かったね。薫ちゃん」
 そんな風に言ってくれるけど、起き上がる気配は無い。昨夜は数年に一度の大寒波の夜だったのに、聡は終電まで職場の同僚とお酒を飲んでいた。
「電車も止まってるみたい。でも、休日の朝だから助かったね」
 布団に丸まったままの聡からの反応はない。意地悪な気持ちじゃなくて、心からの優しさで、(人はそれを

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創作小説 花束に込めた思いは届かない

創作小説 花束に込めた思いは届かない

「お花ありがとうございます!大切に飾りますね」

そんなメッセージを見て、私は彼のことを愛していたんだと気づく。
それを認めざるを得ないくらい、どろっとしたどす黒い感情が胸に沸いた。

***

退職する今井君と私は、三年ペアで仕事をしていた。
三つも年下なのに自己主張の強い彼が最初は苦手だったけど、一緒に仕事をして内面を知る中で実は優しい人だと分かった。

私達は営業先に向かう車中で、マンガや漫

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創作小説 水辺にて

創作小説 水辺にて

 その海は、故郷のものとは全然違った。凪という言葉が脳裏に浮かぶ。穏やかな水面と平行に飛ぶ海鳥たちは何度も橋を横切り、訪れる人達を歓迎しているかのようだった。瀬戸内海には七百以上の小さな島があるという。丸みを帯びた島々はまるで海に浮かんでいるようだ。東京から七時間も運転しているのに、疲れは全く感じない。アパートとバイト先を往復しているだけの日常では得られない高揚感だ。助手席に座る梨恵子も、退屈な素

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創作小説 熱が出た日

創作小説 熱が出た日

 熱を測ったら三十九度だった。残業続きで疲弊している夫に幼稚園の送迎を頼むのがためらわれ、何も言わず自分でこなすことにした。四歳になる娘は私の手を握り「ママの手あっちちー」と言った。

 幼稚園から家に戻り、洗面所で洗濯と乾燥モードのボタンを押す。なんとか力を振り絞ったけど、朝食の食器まではとても無理だと思いそのままベッドに横たわる。

「おかゆにのりたまかけたから食べられる?」

「ありがとう」

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創作小説 AI診断運命の人

創作小説 AI診断運命の人

「洋二くんと私の相性は抜群だね。運命の人って本当にいるんだね」

 五年ぶりにできた彼女である美和子はそう言って上目遣いで俺を見る。うるっとした瞳で見つめられると胸が高鳴る。頬が緩まないよう感情を押し殺し、目の前のアイスコーヒーを口にする。

 俺と美和子の出会いは、マッチングアプリだ。二十八歳の誕生日、出会いのない毎日に焦った俺は、高い登録料を払って「AI診断 運命の人」というアプリをダウンロ

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「ただいまと言える場所」第3話

「ただいまと言える場所」第3話

見上げればいつも見えるもの、ケープタウン 二十九歳の冬

 テーブルマウンテンと呼ばれる山がこの街のシンボルで、街の中心地を歩く時、見上げれば必ずといっていいほど、視界の中にその山を見つけることが出来る。海沿いの街であるケープタウンの繁華街から十キロもいかない場所にそびえたつ標高千メートルの山は圧巻だし、そもそも名前の通りテーブルのような台形状の形は異様で、見る場所によって違った景色を見せてくれる

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「ただいまと言える場所」第2話

「ただいまと言える場所」第2話

窓から見える赤いタワー、東京 二十三歳の冬

「どうして、そんなことも分かってくれないの?」
 私は苛立ちを抑えることなく、感情を爆発させ、佑馬を睨みつける。二人で暮らす1LDKのマンションはとんでもなく狭く、いつも物が溢れている。佑馬は、私の言葉に何も言わず、無言で下を向いている。まくしたてるみたいに私はそんな佑馬に怒号を浴びせる。しばらしくして佑馬は黙って部屋を出ていった。時計の針は二十二時半

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「ただいまと言える場所」第1話

「ただいまと言える場所」第1話

 私の恋愛観を形作っているものは、小さい頃に読み漁った少女漫画だと思う。美形の男女に、運命的な出会い、友情やライバルの出現。すれ違いの中で、相手の本質を知り、互いを理解し合う。最後はもちろん、ハッピーエンド。両想いになれさえすれば、幸せになれると思っていた。

第1話 陸の果ての街、稚内 十六歳の夏

 八月に入ったばかりの真夏の夜だというのに、風が心地良い。去年の夏は冷房を一晩中つけて眠っていた

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小説 私たちの台所

小説 私たちの台所

 祖母は私が小学五年生の頃に、亡くなった。それは、物心がついてから初めての身近な人の死で、葬式で私は嗚咽が止まらないほど泣いて、母と母の姉である叔母二人を困らせた。祖母のことが大好きだったし、祖母の家でお盆や正月に親戚が集まって食事をすることがとても好きだった。私には兄弟がいないから、年齢の近い従妹たちが5人も集まって賑やかに過ごすことが新鮮だったから。ただ、祖母の家を思い出すといつも「台所」が頭

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