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読書熊録

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素敵な本に出会って得た学び、喜びを文章にまとめています
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2023年4月の記事一覧

実存的悪意ーミニ読書感想『悪意の科学』(サイモン・マッカシー=ジョーンズさん)

実存的悪意ーミニ読書感想『悪意の科学』(サイモン・マッカシー=ジョーンズさん)

心理学者サイモン・マッカシー=ジョーンズさんの『悪意の科学』(プレシ南日子さん訳、インターシフト、2023年1月30日初版)が面白かったです。自分の利益にならないのに、相手に不利益なことをする「悪意」。有害としか思えないこの行為ですが、では、有害であるならなぜ人類の進化の中で淘汰されなかったのか?実は、悪意には意外な効用があったーーというのがあらすじです。

ここまででも随分面白い。でも、本書はさ

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子ども本位で育てるーミニ読書感想『子どもの発達障害』(本田秀夫さん)

子ども本位で育てるーミニ読書感想『子どもの発達障害』(本田秀夫さん)

児童精神科医として30年以上の経験がある本多秀夫さんの『子どもの発達障害』(2021年10月15日初版発行、SB新書)が勉強になりました。我が子の発達の遅れ、特性の強さなどに悩んだ時の入門書としておすすめできる一冊でした。

その要諦は「子ども本位」で育てること。親の都合や、「世間一般の普通」に引きずられない子育て。これは定型発達の子への対応でも、同じように大切かもしれません。

子ども本位の子育

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物語は続くことができるー読書感想『街とその不確かな壁』(村上春樹さん)

物語は続くことができるー読書感想『街とその不確かな壁』(村上春樹さん)

村上春樹さんの最新長編『街とその不確かな壁』(新潮社、2023年4月10日初版発行)が胸に深く残りました。本書は、「村上春樹が描いたコロナ禍」として読めると感じました。そして、本書は希望の書である。そう断言できます。「物語は続くことができる」。そんなメッセージを内包した希望の物語です。

本書は「あとがき」、そして発売日と同時に複数の新聞紙面に掲載されたインタビューで著者本人が明言している通り、4

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悲しみを背負って生きるために仕事はあるーミニ読書感想『黄金列車』(佐藤亜紀さん)

悲しみを背負って生きるために仕事はあるーミニ読書感想『黄金列車』(佐藤亜紀さん)

佐藤亜紀さんの歴史小説『黄金列車』(角川文庫、2022年2月25日初版)が面白かったです。MARUZEN &ジュンク堂渋谷店が閉店する直前、「スタッフが最後に売りたい本」として紹介されていた一冊。手に取って本当に良かった。

タイトル通り、第二次世界大戦末期のハンガリーで(ドイツの支配下)、ユダヤ人から収奪した資産を積んでオーストリアまで運んだ「黄金列車」がモチーフ。歴史史実が主題ですが、秀逸な仕

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サイダーみたいな旅行記ーミニ読書感想『イスタンブールで青に溺れる』(横道誠さん)

サイダーみたいな旅行記ーミニ読書感想『イスタンブールで青に溺れる』(横道誠さん)

40歳で発達障害が判明した(診断された)文学研究者、横道誠さんの『イスタンブールで青に溺れる』(文藝春秋、2022年4月28日初版)が面白かったです。発達障害が関連して生じる独特の感覚を言語化し、その感覚を持って世界中を旅した経験をまとめた旅行記。読むことで、独特さを少し追体験できるような気がしました。

その不思議な読み心地は、サイダーを連想しました。喉の渇きを癒し、甘みが嬉しいと同時に、シュワ

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踏みとどまり生きるための哲学ーミニ読書感想『21世紀の道徳』(ベンジャミン・クリッツァーさん)

踏みとどまり生きるための哲学ーミニ読書感想『21世紀の道徳』(ベンジャミン・クリッツァーさん)

京都生まれの批評家ベンジャミン・クリッツァーさんの『21世紀の道徳 学問、功利主義、ジェンダー、幸福を考える』(晶文社、2021年12月10日初版)が面白かったです。特徴は、フェミニズムやブルシットジョブ論など、現代において批判が難しい思想にも批判的検討を加えている点。それは単なる逆張りではなく、困難な時代に踏みとどまり、それでも生きるための哲学として紡がれている。「ネガティヴ・ケイパビリティ的

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簡単ではないと分かっていても胸に残したい金言ーミニ読書感想『子どもの心の育てかた』(佐々木正美さん)

簡単ではないと分かっていても胸に残したい金言ーミニ読書感想『子どもの心の育てかた』(佐々木正美さん)

児童精神科医、佐々木正美さんの『子どもの心の育て方』(河出書房新社、2016年7月30日初版)が胸に残りました。実践するのは簡単ではないけれど、心に留めておきたい金言の数々がありました。

たとえば「はじめに」のこの言葉。

いい子だから愛する、という風に親はなりがちです。これは子育てに限らず人間関係全般に言えるかもしれません。自分にとって都合が良い、快適である人に対して、人は好意を向けがちである

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戦争が貴族から特権を削り取ったーミニ読書感想『貴族とは何か』(君塚直隆さん)

戦争が貴族から特権を削り取ったーミニ読書感想『貴族とは何か』(君塚直隆さん)

英国政治外交史の研究者、君塚直隆さんの『貴族とは何か ノブレス・オブリージュの光と影』(新潮選書)が興味深かったです。副題になっている「ノブレス・オブリージュ(高貴なるものの責務)」とは何で、どのように生まれたのかを知りたくて読んだ一冊でした。

ここでいう責務とは、古くは戦争参加が柱だったことが分かりました。ゆえに貴族にはさまざまな特権が与えられた。しかし、戦争が激しくなると庶民階級も動員され

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自閉的文化への回路をひらくーミニ読書感想『自閉症が文化をつくる』(竹中均さん)

自閉的文化への回路をひらくーミニ読書感想『自閉症が文化をつくる』(竹中均さん)

社会学者、竹中均さんの『自閉症が文化をつくる』(世界思想社、2023年3月10日初版)が面白かったです。自閉症とは20世紀に入って本格的に見出された脳の障害であり、それ以前にもいたはずの自閉症者は自閉症とはみなされず、診断されず生涯を終えた。竹中さんはそんな「自閉症発見以前にいた自閉症者」のうち、特に歴史的著名人らに自閉的な性質を見出し、彼ら・彼女らが生み出した文化に目を向けます。

こうした「捉

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