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2023年4月の記事一覧
実存的悪意ーミニ読書感想『悪意の科学』(サイモン・マッカシー=ジョーンズさん)
心理学者サイモン・マッカシー=ジョーンズさんの『悪意の科学』(プレシ南日子さん訳、インターシフト、2023年1月30日初版)が面白かったです。自分の利益にならないのに、相手に不利益なことをする「悪意」。有害としか思えないこの行為ですが、では、有害であるならなぜ人類の進化の中で淘汰されなかったのか?実は、悪意には意外な効用があったーーというのがあらすじです。
ここまででも随分面白い。でも、本書はさ
物語は続くことができるー読書感想『街とその不確かな壁』(村上春樹さん)
村上春樹さんの最新長編『街とその不確かな壁』(新潮社、2023年4月10日初版発行)が胸に深く残りました。本書は、「村上春樹が描いたコロナ禍」として読めると感じました。そして、本書は希望の書である。そう断言できます。「物語は続くことができる」。そんなメッセージを内包した希望の物語です。
本書は「あとがき」、そして発売日と同時に複数の新聞紙面に掲載されたインタビューで著者本人が明言している通り、4
サイダーみたいな旅行記ーミニ読書感想『イスタンブールで青に溺れる』(横道誠さん)
40歳で発達障害が判明した(診断された)文学研究者、横道誠さんの『イスタンブールで青に溺れる』(文藝春秋、2022年4月28日初版)が面白かったです。発達障害が関連して生じる独特の感覚を言語化し、その感覚を持って世界中を旅した経験をまとめた旅行記。読むことで、独特さを少し追体験できるような気がしました。
その不思議な読み心地は、サイダーを連想しました。喉の渇きを癒し、甘みが嬉しいと同時に、シュワ
踏みとどまり生きるための哲学ーミニ読書感想『21世紀の道徳』(ベンジャミン・クリッツァーさん)
京都生まれの批評家ベンジャミン・クリッツァーさんの『21世紀の道徳 学問、功利主義、ジェンダー、幸福を考える』(晶文社、2021年12月10日初版)が面白かったです。特徴は、フェミニズムやブルシットジョブ論など、現代において批判が難しい思想にも批判的検討を加えている点。それは単なる逆張りではなく、困難な時代に踏みとどまり、それでも生きるための哲学として紡がれている。「ネガティヴ・ケイパビリティ的
もっとみる簡単ではないと分かっていても胸に残したい金言ーミニ読書感想『子どもの心の育てかた』(佐々木正美さん)
児童精神科医、佐々木正美さんの『子どもの心の育て方』(河出書房新社、2016年7月30日初版)が胸に残りました。実践するのは簡単ではないけれど、心に留めておきたい金言の数々がありました。
たとえば「はじめに」のこの言葉。
いい子だから愛する、という風に親はなりがちです。これは子育てに限らず人間関係全般に言えるかもしれません。自分にとって都合が良い、快適である人に対して、人は好意を向けがちである
戦争が貴族から特権を削り取ったーミニ読書感想『貴族とは何か』(君塚直隆さん)
英国政治外交史の研究者、君塚直隆さんの『貴族とは何か ノブレス・オブリージュの光と影』(新潮選書)が興味深かったです。副題になっている「ノブレス・オブリージュ(高貴なるものの責務)」とは何で、どのように生まれたのかを知りたくて読んだ一冊でした。
ここでいう責務とは、古くは戦争参加が柱だったことが分かりました。ゆえに貴族にはさまざまな特権が与えられた。しかし、戦争が激しくなると庶民階級も動員され
自閉的文化への回路をひらくーミニ読書感想『自閉症が文化をつくる』(竹中均さん)
社会学者、竹中均さんの『自閉症が文化をつくる』(世界思想社、2023年3月10日初版)が面白かったです。自閉症とは20世紀に入って本格的に見出された脳の障害であり、それ以前にもいたはずの自閉症者は自閉症とはみなされず、診断されず生涯を終えた。竹中さんはそんな「自閉症発見以前にいた自閉症者」のうち、特に歴史的著名人らに自閉的な性質を見出し、彼ら・彼女らが生み出した文化に目を向けます。
こうした「捉