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私が実家に帰らなかった理由(休職251日目)


本日3本目の記事。


作家かよ。

元気過ぎかよ。

暇なのかよ。


2022年10月11日(火)


昨日の記事の終わりにも書いたが頭が痛かった。

その後風呂に入り、葛根湯を飲んだが
布団の中で頭が痛すぎて吐きそうだった。

頭痛による吐き気なんて人生で初めてだった。


でも時間も遅いし、何より疲れていたので
「痛い…」と思っているうちに眠りについていた。



朝は6時ごろに一度起きた。

米が炊けた匂いがして、祖母が起きていた。


早起きだな。


実家に帰ってきてから
炊き立てのご飯食べてないな。

炊きあがってすぐのごはんが久しぶりに食べたい。



二度寝。



起きると10時ごろだった。

きょうは祖父の声がずっと聞こえる。

朝ごはん食べたいな。


いつの間にか

”ごはんを食べたい”気持ちよりも

”祖父と会いたくない”気持ちが勝ってしまっている。


私28歳、祖父90歳。

何を今更。



結局下に降りたのは12時前。

もうお昼だ。


みそ汁、ごはん、目玉焼き。

柿と梨が剝いてあった。

秋だな。実家だな。


また2階へ上る。


千葉県にいる親戚から
落花生が送られてきたらしい。

すごく大きくて、ゆでたては柔らかい。


おいしい。


この年で初めての経験ってあまりないから
うれしい。



母『全国旅行支援が始まった』


報道にいたくせに
最近はニュースに疎くなってしまった。

読んで字の通り、
政府による旅行支援が始まったからそれを利用して
家に帰られるのではないかという提案。


母も今回の診察で話を聞きたいから
一緒に行くという。


2人分の新幹線+宿の予約。

きょうから始まった制度のため
予約サイトがパンクしている。


ページは固まりまくり。


私も母も昨日の旅行で疲れているため
余計イライラしたりため息をついたりしてしまう。



母『寝る』



あきらめた模様。


後でやります。


その後、唐突に
“せのび山自分磨き計画”を思いついた。

そして思い立ったが吉日と言わんばかりに
次々と買い物や登録を進めた。

詳細はこちら。


“唐突に”と言っても
胸の内にはずっとあった思いだったから
爆買いが背中を押した形。


小さいことにイライラしたり
悩んだり落ち込んだり。

病気のせいだというのは否めないけど、
自分に自信がなくなっているということも
大きな原因の一つだと思う。


夫に『なんていい女なんだ』と思わせてやる。

会社に、上司に
『一皮むけたな』と思わせてやる…!



夕方。

再度予約に挑戦。

結局J-WESTの会員である母が新幹線を予約し、
楽天のダイヤモンド会員である私が
ホテルを予約した。

スムーズに進んだし、旅行支援も予約と同時に
できたようで無事に安く宿泊できるようになった
(新幹線とセットにはできなかった)。


母が買い物へ行くというので、ついていった。


小・中学校の通学路が整備されていて
「ここは○○があった場所か!」
「この道は○○に出るのか!」という
浦島太郎現象が起きていた。


そりゃあ、あれから10年以上経つんですもの。


変わっていない方が心配だよね。



帰宅。


数日前にも書いたが、最近ピアノの練習を始めた。

1日数十分だが、気分転換にちょうどいい。


初心者用にアレンジされたカノンが
やっと弾けるようになってきた。

最初は指が絡まってどうしようもなかったのに、
いつの間にか指がトンネルくぐりを覚えている。
(私が勝手に命名した)

人間は成長する生き物だということに
改めて気付かされている。

この一文、前にも書いた気がする。



母『おじいちゃんが
  パソコンを教えてほしいって…』


”パソコンを教えてほしい”は
”word”を教えてほしいという意味だ。

ピアノに集中していたから断ろうかとも
思ったけど、夕飯の時に気まずいのは困る。

ましてや、きょう朝から一度も
祖父と顔を合わせていない。



行くか。



少し手こずったが、無事に教えることができた。


祖父『どんぐりが戻る前に
   教えてもらっとかんといかん。

   またよろしく』


あぁ、約束されてしまった。

また呼ばれるのか。



夕飯。


今晩のメニューは肉うどん。

きのう、私と母は外出していたので
夕飯は祖父母だけで食べている。

祖母はうどんを作ったらしい。


私「昨日うどんだったのに、
  きょうもうどんでよかったの?」


祖母『おじいちゃんが
  「まずくて食えたもんじゃない」って
   言ったからきょうは口直し』


詳しく話を聞くと祖母がうどんに
オクラを入れたことが気に食わなかったらしい。


『どろどろして食えたもんじゃない』


祖父ははっきりとそう言ったそうだ。

祖父も認めていた。


祖父は昔から祖母と母の調理の仕方に
ケチをつけることがある。

特に野菜の使い道や火の通し方については厳しい。


自分の好みの通りになっていないと文句を言うし、
残す。



何様のつもりだ。



どんなものであっても
誰かが時間をかけて作ったもの。

今回の場合は特に祖母が祖父のために作ったもの
だということが明確なのに

それに対して『食えたもんじゃない』なんて
言える祖父を一人間として許せない。


そしてそれに対して
素直に『ごめんなさい』という祖母。

母も祖母よりは祖父に物を言えても
逆らうことはできない。



私は思い出した。


家族間のこういうやり取りが見るのが嫌で
実家に帰りたくなかったのだ。




絶対的主人として君臨する祖父。


それに遣える祖母と母。



なんて胸糞悪い話なんだろうか。


母にちらっとそれを伝えると

祖父は家族貢献を少なからずしている

祖父のおかげで助かっている部分も多い、と言う。



それはそう。



祖父のおかげで学んだことはたくさんあるし、
祖父がいるからこそちゃんとしないと、と思って
過ごしてきた。


そして今更その性格を直してもらうことなんて
できないだろう。



でも今こうやって書いていて思ったのは


“祖父を好きである必要はない”のではないか。


今まで「おじいちゃん大好き」
「尊敬できるおじいちゃん」と言い続けたせいで

その存在に反旗を翻すようなことはできないと
勝手に思っていたけど




そうじゃないよね、きっと。



母のことで悩んだ時と答えは同じ。


祖父も完璧な人間ではない。



私は祖父にも完璧を求めすぎたのかもしれない。



ガキ大将を捨てきれない90歳男性。


それが私のおじいちゃん。




あーらら。

またしこりが一つサヨナラを告げている。



今回は割と早めの解決だったね。

明日は早めに一階に下りてみようかな。

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