『あなたのためを思って』のデザイン
わが子の躾に熱心になるがあまり「窘め」が過剰になってしまうなど、育まれるどころか締めつけられて息苦しくなってしまう‥‥そのような経緯はできれば避けたいもの。でも、親としては口うるさく指導してしまう場面は多かれ少なかれありますね。頭では分かっているものの、つい…💦
このような話題からの連想で筆頭に上がってきそうなセリフが ---
『あなたのためを思って言っているのよ☝』
そして、主に第三者的に、もしくは言われた当事者からの”反論”が、「そう言っている自分のため、でしょ!?」
そんな〔掛け合い〕や〔口論〕のようなものは、何も、ドラマや映画のようなフィクションの世界ばかりではないのだと思われます🙄
これを読んでいる方々においても概ね、「それ、言っちゃいけないやつ🚫」という評価に立って同感されているのだと推測するのですが、本当に、全ての場面においてタブーな『非推奨マインド』なのでしょうか?
冒頭では《親と子の間柄において》との想定で話を始めましたが、少し場面想定を広げて、仕事現場の先輩後輩(同年代の仲間うち、を含む)や部活のメンバーどうしにおいても、広い意味での「教える/教わる」の連携はたくさんありますよね?そこには、同様に、『あなたのためを思って』感を多く含んだアドバイスの声掛けや指導、あるいは業務知識共有のニュアンスに近いものまで、本質は似ているのかもしれません。つまり、ギクシャクしないための心得として「差し控えるべきセリフニュアンス」の代表例。
でも、ですよ。
「言葉に出すか否か」というカタチではなくて「想い」として、本当に『あなたのためを思って』意志まで削いでしまうことになれば、どうでしょう?
「コイツには言ってもまともに受け取ろうとしない/アドバイスを屁とも思わずにわが道を行く」のような態度を示され、同僚として”気づき”機会を分与しようとする気持ちが歓迎されない環境や応対‥‥
「言ってもムダだ」と思われて見捨てられてしまうことの方が余程、聞き捨てならない残念なシナリオではないでしょうか?《アドバイザーを失ってしまう》ことに無頓着な風潮が増しているように感じます。
業務ルールなど正しいことを認知せぬままどこかから知り得たデタラメに基づいて仕事をしてしまっていませんか?いや、逸れていることにすら気づけていないかもしれませんよ。
「もはや指摘してもらえなくなった」から。
『あなたのためを思って』すら無いほどに見限られたなら、もはや…
⇒この週末は、上記の懸念を意識/想起しつつ『問答』についての記事を再掲します📖
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