マガジンのカバー画像

Separation After Darkness

35
短編、掌編を載せます。 幻想小説だったり(恥ずかしい)日常の一場面を切り取ったり、そうではなかったり。 私が見ている景色、感じた情景をみなさんにも共有したくて。
運営しているクリエイター

2021年1月の記事一覧

甘き塩、来たれ<Komm, süsser Salz>

「い、ら、な、い」
 彼女は塩結晶の中で音節を横に裂く。
「ホーミタイはさすがだね」
 彼女は凄い。僕よりずっと年下なのにずっと仕事ができる。
「箸はいらない、みかんはいらない、スマホはいらない、こたつはいらない、雪はいらない、何もいらない」
 ホーミタイは透明なクリスタルの中で微笑み続ける。唇と音節を横に裂き、言葉を唱え続ける。否定で空気を満たしてる。それが彼女の仕事。ホーミタイは国が主導してい

もっとみる

センスだけの犀

_僕はセンスだけで生きてる。
_そういう人間がどれくらいいるか知らないけど、きっと活躍が限られた人生を送ってきたのだと思う。努力するには有り余り、怠けるには隙があるこの才能を、僕たちはもてあましてる。
「リノウ、リノウ」
_と僕の前で犀が鳴く。ずっと横を向いて、角を気に擦り付けて、落ち着かない様子の灰の犀。僕は毎日上野公園の犀と話す職に就いていた。
_僕は以前日本語をサイに教える仕事をしていた。で

もっとみる

スカーフのゆれかた

 後輩が中国人の手下になっていた。中国人の手下になった大学の後輩。彼は僕が紹介したバイトも辞めて消息を絶っていた。いろんな人に心配をかけていたけど彼は誰にも行き先を告げずにいなくなった。
 久しぶりに見た彼はゲーセンの前で怪しい小物を売っていた。それは妖しくひらひらしていた。
 僕たちは部活の帰りだった。他の部員は彼をみとめるとはっとして歩みを止めた。そしてきまずくてそいつの脇をすっと通り抜ける。

もっとみる

悪夢

 これは悪夢以外のなにものでもない。どうやったって、解けない魔法。獅子に押しつぶされ、もがくうさぎども。苦楽を共にした、友人の裏切り。なにもかもが、僕に降りかかってきて、苛ませる。実に、悩ましい。
 しかし、向こうからちゃんと息をしている、いきものが現れた。人間なのか? 予測がつかない。確かに人間らしいシルエットを纏ってはいるが、このように不気味な様相を呈しているものを、果たして人間と言ってよいの

もっとみる

豚の部屋

 僕の部屋。僕の部屋。眠る場所。他にはないところ。起きて、石のご飯を牛乳で押し込んで、電車。
 電車では森が立ち尽くしてる。森が鞄持ってつり革にぶら下がって寝てる。動物はいない。小鳥も、木漏れ日も。
 僕は屠殺事務の仕事している。ここで生まれたので。
「ぶぅぶぅ」
 机に座る豚さんたち。みんな血を流しているけど、スーツとベルトで止血してる。
「ぶぅー」
 オフィスの豚さん。隈はいないよ。部屋がない

もっとみる

開脚前転七日目

 いつも開脚前転している訳じゃない。
 多くて日に十回。少ないと一回もない。というところだ。
 ユーザは九割がはりねずみでら残りの一割は名乗らないので何者か分からない。でも、おそらくはりねずみだろう。彼らはとてもシャイなので、名乗るのが苦手なようだ。はりねずみ的見た目をしていても、自分がはりねずみだと名乗らなければ、はりねずみではないのだ。僕たちは常にユーザのことをよく考えていなければならない。そ

もっとみる

シックス・シグマ

 ともだちと遊ぶのが好きだよ。ぼくたちは仲良しだから、よく一緒にいるんだ。ぼくたちは空き地に秘密基地を持ってる。そこで毎日作戦を立てる。「あさがお抽出作戦」「夜のお母さん作戦」「純白象作戦」いろんな作戦だ。考えるのが楽しくて、夢中だった。
 ぼくたちはある日、近所に女の子が引っ越してきたことを知った。ぼくたちはその子に挨拶しようとして家に行ったんだ。すると中からおじいさんが出てきた。彼はひどく陰鬱

もっとみる

フリージア

 31とサースティーボーイ.
 前者は甘くて小柄な彼女.後者は青くて粗雑な僕.
 僕らをそう喩えた友人は今アクアリウムに浮かんでいる.僕たちがシークエンスという名の獣だったせいだ.ごめんね.
 フリージア,君の名を問うと「1弦が切れちゃったね」と君は血と水草に濡れたテレキャスターを見せてくる.1弦は繊細でか細いからしょうがない.彼女の角砂糖みたいな視線が僕の瞳に溶けていく.
「そうだね。血も拭かな

もっとみる

獅子の山

 我々はとうとう獅子の山にたどり着いた。フランベルジュのように尖った岩を超え、霧をかき乱し、獣でさえ躊躇する山を踏破した。そこにあるのは獅子の山。我々の子供をさらった獅子たちが棲んでいる。仲間は皆屈強な古強者ばかり。全員が武骨で艶消しされた銃を担ぎ、沈黙している。恐れているからではない。皆、獅子に子供を連れていかれた怒りに身を焦がしていた。それぞれが、邪悪な獅子など怖くない、俺の子供を返せ、という

もっとみる

魔女の空

 僕は轟音の後ろに座っている。そこは屋根の上、僕たちの家。
 すぐ横にはライフル。あと500mlの缶ビールが6個。その脇をまだ熱い薬莢が転がっていく。
 遠くの空に黒い転々が見える。魔女たちだ。僕は目を細め、次弾を装填する。
 ぬるくなった缶ビールを開ける。プルトップから炭酸が弾ける音。口を付けるとひどい味がした。まるで蛙の小便だ。そもそも僕はビールが好きじゃない。ぬるいビールは終末の味がする。で

もっとみる

完璧に黙示的な気分

「君の視点はどこから?」
「私は肌から」
 蒸し暑い部屋。湿気を帯びたシーツが僕の肌に張り付く。寝転がってブローディガンを読むと天啓を受けた気分になった。
 テレビでは男女が先ほどから自分の視点について話し合っている。それは意味のないようなことに見えたし、現に意味のないことだ。
 それは誰が考える?
 と僕の思考を妨げるものがいる。それに実態はない。あるのは香りで、その香りはお風呂のにおいだった。

もっとみる