#63 ペパーミント・ラヴ
午前3時、一度目が覚めてしまい、そのまま眠ることができなくなる。
その前の日にデイキャンプへと出かけ、そこで友人たちに対してカレーを振る舞った。気がつけば、冷気があたりを覆っている。包み込む光が柔らかくて、ついつい微睡みそうになる。静寂の中で、彼女は熱心にナイフで薪を薄く切り込みを入れ、羽根のような形を作っていた。
中途半端にはみ出した数だけ、忘れることができない。全てを使い切ることができなかったペパーミントのティーバッグ。箱にはカフェインフリーと書かれている。お湯をカップの中に入れると、その瞬間湯気が立ち上り、爽やかな香りがふわぁと揺らめく。
気持ちがささくれだった時には、温かい飲み物を体内に入れるに限る。昔はペパーミントの味が苦手だった。歯磨き粉の味がして、ほんの少し嫌悪感があったためだ。それが年を重ねるにつれて、だんだんと味覚が変わり、むしろ進んでアイスクリームなどの食べ物でもペパーミントの味を選ぶようになっていた。
きっと、それは大人になって味覚が変化したからかもしれない。思えばあれほどお酒を飲み始めた時に苦手意識を持っていたビールも、いつの間にやら甘さを感じるようになっている。少しずつ気がつかないうちに味覚が昔よりも麻痺しているからなのだろうかと頭の端っこで考える。
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味覚が変わったことについて。自分のモチベーションについて。修復できそうにもない関係性について。少しずつ周りもひとつずつ新しいステップを歩み始めている。昔はあれほど無頓着だった肌のケアについても、最近はあまり夜更かしをしないようにして労わるようにしている。
今周りで割と話題になっている「サイレント」というドラマを一から見始めた。展開は割と王道だなぁと思いながらも、胸がちくりと痛むような場面がある。ある種時々感じる主人公の無神経と思われる行動、それぞれの登場人物たちの揺れ動く心情。報われた思いと、報われなかった思い。「無理してやることは、全部無理になるんだよ」という言葉が、妙に頭に残っている。
言葉で自分の思いを相手に伝えることができるけれど、言葉って意外と扱いが難しい。正しく使わないと本来の意味とはねじ曲がって伝わってしまう。おまけに使わないと、刃のように錆びていく。この世界にある音を聞いて、あたりに浮かぶ粒の正体を探ろうとする。美しい音を聞いて、美しい光を目にして、必死になって当たり前の日常を慈しむべく目を凝らす。
とりあえずテレビをつけておけば、あまり深いこと考えることなく物語の世界に没入することができる。と思っていたけれど、意外と登場人物たちの一挙手一投足の意味を考えて頭がカタカタと動いている。思わずスイッチを切って、ポタポタと音のする方向にある窓を開くと雨が淑やかに降っている気配がした。
ふと昔の出来事を思い出そうとした時に、それによってペパーミントの味わいが沸々と広がっていく。思い出を掘り返しては、その当時の自分の気持ちに共感することもあるし、逆に思わず目を瞑りたくなることもある。
今当時のことを思い出すと、本来であれば正しい関係性は言葉をあえて用いずとも相手のことがなんとはなしに見えるものなのかもしれないということを考えた。苦いけど、ほんの少し爽やかな香りもするんだよね。いつの間にか、ちょっと敬遠したい思い出はアルバムの奥の方にしまわれて埃をかぶっている。
結局、ペパーミントティーを飲んだら猛烈な眠気が襲ってきた。布団にくるまると、何かに守られているような気分になる。少し気分が落ち着いた。きちんと言葉をスラスラと吐き出すには、幾分爽やかな余韻に浸る必要があるらしい。
故にわたしは真摯に愛を語る
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