僕が読みたい物語は「結末がハッピーエンドの物語」ではなく、「今この瞬間もハッピーエンドを目指して走り続けている人の物語」なのかもしれない
読まなければよかったと思う物語がある
誰かの書いた悲しい物語が自分の境遇に似ている時、引き込まれるようにその物語を読んでしまうことがある。
気づくとまるで自分毎のように 、そのシーンをありありと目に浮かべながら、読み進めていく。まるで書き手と痛みをともにするかのように。
「自分だけじゃない」のだと 、どこか救いを求めるような気持ちで読みすすめていくのだけど、大概は最期、寂しい気持ちにさせられてしまう。
何故なら、その物語の最後はいつもハッピーエンドが綴られているからだ。
「あー、やっぱり同じじゃなかった!」
こんな結末なら「最初から、読みたくなかった。」とさえ思ってしまう。
(こんなことを書いていると、「自分はなんひねくれているのか」と思ってしまうけれど、、、)
自分が読みたい物語
こういう時、僕は「自分はずっと、同じ境遇で傷付いている人達と共に、戦い続ける運命なんだ」というような、諦めと覚悟を得る。
現在進行形でその課題を抱えている僕には 、傷を増やしながらも走り続けるしかないのだと、静かに受け入れる他ない。
・
・
・
僕が読みたい物語は「結末がハッピーエンドの物語」ではなく、「今この瞬間もハッピーエンドを目指して走り続けている人の物語」なのかもしれない。
だから僕はきっとこれからもハッピーエンドの物語を書くことはないし、仮にその状態になれたのなら、このnoteのアカウントを静かに消すのだと思う。
最後までお読みいただきありがとうございます〜!よろしければシェアしていただけると嬉しいです!