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#過去と向き合う
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第47話-春、修学旅行2日目〜理美③
貴志の涼し気な笑顔を見たのは、いつぶりだろう。無理して作っている表情なのは、潤んだ目元が教えてくれている。
貴志の表情が消えて、激しい憎悪の目線を向けられ、しばらく無言の時間がやってきた。髪を振り乱し、頭を抱えた貴志の声にならない悲鳴は、しかし耳に、心に確かに聞こえていた。
思えば貴志が取り乱す姿なんて、ほとんど見たことがなかった。坂木紗霧を傷つけた。それ以外の理由で貴志が、我を忘れる程怒
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第35話-春、修学旅行1日目〜紗霧④
北村貴志という人を好きだと認識したのはいつだっただろう。後から振り返れば、そうだと思う瞬間は何度もあった。
初めて手紙をもらった時。林間学校の班長会議で遅くなった彼に偶然教室であった時。彼が忙しい母の代わりに、家事を毎日こなしていると聞いた時。
彼が山村裕と二人で、ふざけて笑い合っているのが見えた時。
だけど一番鮮明にあの時だ!と思い出せるのは、あの時だ。林間学校の夜。二人で見上げた星空。
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第34話-春、修学旅行1日目〜貴志④
初恋の人がこの街にいる。自宅から数百キロ離れた街で、奇跡のような偶然があった。
しかも彼女は同じ店で食事をしたらしい。それはいつか二人で行こうと、約束した店だった。
占いを受けて周りを見渡した時、一人の少女に目が止まった。
雑に伸ばした髪。縁の大きな眼鏡。紗霧の面影を見つけることもできなかったけれど。
それでもあの大勢の人の中で、なぜかあの少女だけは気になったのだ。そしてその少女が吸い込
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第32話-春、修学旅行1日目〜紗霧③
なんとなく。そう、なんとなくだった。占いの館にいた、中学生の集団がなんとなく気になっただけだった。
スープチャーハンに舌鼓を打った紗霧は、店を出ると、向かいにある占いの館へと向かった。
同じ占い師が空いている様子だったので、その前に立つ。するとなぜか占い師は、自分の顔を見るなり大きなため息を着いたのだった。
「お姉ちゃん…。もしかして、失恋とかしなかったかい?
それも一生を左右するんじゃ
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第31話-春、修学旅行1日目〜理美③
「瑞穂ちゃんたち、なんかトレンド入りしてるっぽいよ」
理美が横浜中華街で検索をかけると、見慣れた制服の後ろ姿が引っかかった。どうやらゲームセンターでとんでもない快進撃を展開しているらしい。
あの二人がガンシューティングなんかしたら、そうなるだろうな。一心不乱にゲームをしている二人を想像したら、自然と笑みがこぼれてくる。
「油断しすぎだよ、貴志くん。
今、普通に笑ってる」
理美の指摘で初めて
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第26話-春、修学旅行1日目〜理美②
「ねえ、貴志くん。ひとつ聞いても良い?」 バスのエンジン音にかき消されないように、理美は貴志の耳元で囁いた。
「どうしたの?」
貴志も小声で返す。いくら街の騒音やバスの音にかき消されようとも、昔の口調に戻っているのだ。今の口調を、周りに聞かれたくはなかった。
「もし…もしもだよ」
理美はためらいながら言葉を選んだ。結局いい言葉が見つからなくて、かなり直接的な聞き方になる。
「もし坂木さんに偶然
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第22話-春、修学旅行1日目〜裕①
親友の初恋がどのように終わったのか、裕は知っている。誰よりも近い場所でそれを見てきたから。それがどんな辛い別れだったのかを。
だから貴志が無表情かつ冷酷な仮面をつけている意味も知っている。それが看破される事は大きな問題だった。
「貴志のミスじゃない。ただあいつの観察力がバケモノなだけだよ」
仮面自体には問題はない。ちゃんと相手の嫌がる言葉を選んで、ちゃんと冷たい態度で接して、ちゃんと相手が近
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第19話-春、修学旅行前夜〜紗霧
修学旅行前夜の夜を、紗霧は自室で過ごしていた。行かずに家で本を読んで過ごすわけにはいかないだろうか?
同じ時期に開催された、一年生の林間学校はあんなにも楽しみだったのに。そうか…あの頃は、あの二人が一緒だったから。
北村貴志と山村裕。私を好きだって言ってくれた二人が。
ペパーミントのタブレットを口に含んで大きくため息をつく。最後のひと粒がなくなってしまった。コンビニは近所にあるが、買いには
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第17話-春、修学旅行前夜〜理美
黄昏の空はオレンジから赤紫へと色を変えていた。理美と悟志の歩く距離は少しの隙間を挟む程度に空いている。
手を伸ばせば繋げる程度。だがしかし、自然には触れ合わない距離。その距離を保っているのは理美ではなく、むしろ悟志の方だった。まだ兄を想っているかも知れない彼女。大好きで大切だからこそ、本当に兄への気持ちが残っているならば叶えてほしかった。
貴志はきっと理美に対して好意を表す事はないだろう。そ
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第16話-春、修学旅行前夜〜貴志②
あれは、そう一年生の林間学校前の事。
中学に入ってすぐに迎えた林間学校。貴志は班長に選ばれ、多忙な毎日を過ごしていた。しおりの編冊やオリエンテーリングのコース確認など、実際に行くまでにしておくべき事がたくさんあったのだ。
同じ班でも、裕は動物的過ぎて細かい作業を任せると大変なことになりそうだった。もう一人サッカー部期待の新人である坂本には、部活に集中できたほうが良いだろう。坂木紗霧は内向的な
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第14話-春、班決め〜紗霧
「新しいクラスはどうだい?」
父にそう聞かれても紗霧には答えようがなかった。今日は修学旅行に向けて班割りが行われた。毎度のごとく当然誰とも組まなくて、最終的に厄介払いのように割り振られた班に入ることになった。不思議なのは毎回そこに篠崎涼(しのざき りょう)が在籍していることだ。
そんなの好意があるに決まってるじゃないか?いや…すでに何度も(最低でも五回は)交際を申し込まれて、断っている。
な
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第13話-春、班決め〜貴志②
瑞穂を無事に家まで送り届け、貴志が帰宅する頃には、食卓がきれいに片付けられていた。弟の悟志は自分の洗い物を済ませて、リビングで勉強を始めている。
貴志は部屋にこもって勉強するが、悟志はリビングでする。あわよくば貴志が教えてくれるのを期待しての事だ。悟志は二年二組。中高一貫コースを狙っていた。
「お帰り、兄さん」
兄の気配に振り返りもせずに問題を解き進めていく。そのダイニングテーブルの向かいに