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【全編ネタバレ】「君たちはどう生きるか」に見る、日本と海外(西洋)の微妙な関係

(サムネ元ネタ:「ドラえもん のび太の日本誕生」より、悪役ギガゾンビ)

こんばんは、烏丸百九です。

先日、夏休みからロングラン上映中の宮崎駿監督の新作アニメ「君たちはどう生きるか」をようやく見てきたのですが(大してジブリに思い入れも無い人間故に、さほど期待していなかったものの)思った以上に興味深い内容で、面白い・つまらない以前にこれは纏まった文章で考察したほうがいいと思ったので、感想noteを書いてみることにしました。

以下は私の勝手な考察/解釈であり、「難解」「ストーリーの意味不明度合いが高い」と既に世間では評されている本作について「これだ!」という回答を示すものではありません。
また、性質上公開中の映画の全編ネタバレとなりますので、未視聴の方はできれば本編を視聴後にご覧になることを推奨いたします。

※本論中で、外国人や海外ルーツの方への差別感情について触れています


西洋を夢見る日本人のお坊ちゃん

本作の物語は、世間で言っているほど「支離滅裂で意味不明」なものではない(と私は思った)。むしろ構造的には正統派の児童文学系ファンタジーに見える。

主人公・眞人(偶然の一致だが、「呪術廻戦」の悪役ではない)は軍需工場経営者を父に持つ良家の子息で、日本が第二次世界大戦に突入する中、不慮の事故(空襲の可能性もあるが、本編では詳しく語られていない)で母親を亡くしている。母の死のためか、あまり感情を表に出さない内向的な性格になっているものの、父がなんと母にそっくりな母の妹(ナツコ)と再婚しようとしたことで、その事実に傷つき、反抗的でアグレッシヴな傾向を表出していく。
父の仕事の都合と疎開を兼ねて暮らし始めた田舎の村では、当然ながらコミュニティに馴染むことができず、自傷行為をしたり、ナツコと不仲が表面化して、より孤立を深めていくが、そんな中、人語を解する怪物的なアオサギが飛来し、彼を謎の洋館に導くことから、現実と空想が交錯するファンタジー世界が展開されていく。

戦時中という世界設定は宮崎の前作「風立ちぬ」に類似しているが、眞人の周囲の状況は、より孤独で悪意に満ちているように見える。父は(悪人ではないのだが)堀越二郎よりもさらに屈託のない大日本帝国の軍事協力者であり、眞人が学校で虐められる原因を作ったうえに、そのことに気付いてすらおらず、ナツコとの関係によって彼を深く傷つけてもいる(深夜に眞人少年は父とナツコが西洋式のハグとキスをする場面を目撃してしまい、ドン引きしながら後退る面白いアニメーションもある)。実母にソックリなナツコとは感情的な確執を隠しきれず、アニメの終盤までその事実は尾を引く。そして悪意に満ちたアオサギは眞人を嘲弄しながら罠に誘い、ある目的のために彼を謎の異世界に導いていく。

幾つかの批評にあるように、眞人少年が(堀越よりも露骨な)宮崎監督本人のアバターなのは間違いないだろう。
あまり明るいとは言えない少年時代を経て、宮崎は西洋の童話や映画作品に着想を得た、現在の日本アニメーションの担い手として活動し、やがてその第一人者となっていくわけだが、本作は「宮崎監督最後の作品」ということで、「風立ちぬ」よりさらに顕著に自伝的な要素が組み込まれているように見える。

だが肝心のアニメは、西洋への強い憧れを依然感じさせながらも、過去作以上に”借り物”感の漂うそれになっている。
謎の洋館と異世界、魔法や海や冒険、条件付きで開く謎の扉などなど、別に陳腐なわけでも面白くないわけでもないのだが、その絵面から(過去のジブリアニメを含めた)強烈な既視感を覚えるのもまた事実で、「本作で初めて見たと思えるような新奇な表現」はあまり見当たらない。

結末では名作「千と千尋の神隠し」よろしく、現実の世界に戻っていく眞人少年だが、「千と千尋」に比べると、ファンタジー世界の出来事が現実世界にも多大な影響を与えているにもかかわらず、それは一夜の悪夢のようであり、眞人≒宮崎監督の自意識はあくまでも「日本社会に住んでいる日本人の自分」から大きく乖離はしていないように思えた。

憧れと偏見の対象としての「西洋」

洋物のスーツに身を包んだ父親への嫌悪の滲む描写や、「渡り鳥外来鳥」であるアオサギ、ペリカン、セキセイインコといったモチーフが(後述する通りアオサギだけは特別扱いなのだが、基本的には)一貫して悪役として描かれること、最終ボスが「西洋魔術師風の大叔父」であることも含めて、本作における「西洋/海外的なもの」は「憧れの対象」であるとともに、嫌悪と偏見、侮蔑を向ける対象でもあるように見える。

「風立ちぬ」で関東大震災やその後の軍需産業における外国人労働者(特に朝鮮人と中国人だが)の存在をガン無視した宮崎監督だが、日本以外のアジアが徹底的に無視・透明化されているのに対して、「風立ちぬ」のカプローニ伯爵らよろしく、本作でも「西洋人(というか白人)」は主人公に味方したり敵対したりしつつ、「承認を与える他者(たち)」として描かれている。これらの人物が基本的に皆成人男性(っぽく見える)なのも(あまり良くない意味で)特徴的だろう。

「君たちはどう生きるか」公式サイトより、大叔父。

背格好がギガゾンビに激似な「大叔父様」は、半ば誘拐じみた方法で眞人を異世界に召喚しつつも、「老いた自分に代わって(実は崩壊寸前の)異世界を救ってほしい」という切実な願いがあり、その後継者として眞人を選んだのだという。
彼は異世界の神に近い立場の存在として、上述の鳥たちを使役し操っていたものの、老いなのか計算違いなのか、はたまた彼が力を”借りて”いた巨大隕石の「悪意」によるものなのか、既に(アオサギ以外の)手下達をコントロール出来なくなっており、最終的に彼の世界は逆上したインコ大王の暴走によって滅ぼされることになる。

異世界の政治的支配者(多分)であるインコ大王は、中世ヨーロッパの王族のような出で立ちで描かれるが(宮崎的にはナポレオンあたりのパロディのつもりなのかもしれない)、彼が世界支配のために交渉する「大叔父」は、直接的な社会の支配者というよりは「」であり、現実世界で言えばどう考えても天皇に対応する存在である。
また、彼は眞人以上に直接的な宮崎監督本人の分身であり、「子どもに(無理矢理にでも)自分の力を継承させたい」という願望は、監督の本心がそのまま漏れ出ているようにも見える。

しかし彼の力はどこまでも(隕石からの)「借り物のパワー」であり、「とってもスゴい西洋魔術の力」も老いと共に限界を迎え、より醜悪であからさまな「西洋のパロディ」である創造物達と共に滅び去ってしまうこととなる。
それは宮崎監督のある種の「自嘲」であるとともに、結局西洋社会のパロディに過ぎなかった戦前(ひょっとしたら戦後も含めた)日本社会への監督なりの批判なのかもしれない。

日本人が「海外の友達」を得るためには?

「君たちはどう生きるか」公式サイトより、眞人とアオサギ。

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