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書評

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2021年4月の記事一覧

山本文緒(2020)『自転しながら公転する』新潮社



社会問題とかに一旦興味を持ってしまうと、結局何もできない自分のちっぽけさにやりきれない気持ちになってしまう主人公。それでも日々の彼女を取り巻く生活の一つ一つ、それぞれの場面での葛藤や選択がとてつもなくエネルギーを要するものであることも事実。

あれもこれもと迫られる毎日の中で、劣等感とか嫉妬とかに苦しみながらも耐え抜いて、耐え抜いて耐え抜いて、その先にたまに来るブレイクスルーを掴み取りたいとこ

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細野豪志著・開沼博編(2021)『東電福島原発事故 自己調査報告:深層証言&福島復興提言:2011+10』徳間書店



圧倒的に良書。復興に関する本の中で一番時宜にあった「今、全国民に読んでほしい一冊」。科学的な証明が書き込まれているわけではないが、現役の一政治家がその政治生命を賭して、数多の取材を積み重ねた上で世に問うている提言であり、信頼に値する。

東日本大震災復興のなかで特に遅れている福島の原発事故からの復興に向けた様々な具体的な示唆を与えてくれる内容。目下話題の「処理水」はもちろん、甲状腺検査の倫理的

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吉本ばなな(1992)『TUGUMI』中公文庫



風景に吸い込まれるような経験をしたことがある。海を目の前にした時、高い熱にうなされて朦朧としている時、祭りの日の夜に出店の光に近づいていくような時。そうした時の身体の感覚が、とてつもなく美しい言葉で描かれているような一冊。

主人公のつぐみの言葉遣いにはいまだに慣れないものの、だからこその作中での存在感だとも思える。作者の技術の高さはもちろんのこと、モデルになった作者自身の個性もとても魅力的な

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