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ただの世界の住人

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ただの世界の住人11

ただの世界の住人11

同僚の秋津は、あの日ー世界からお金がなくなった日ーにさっさっと会社を辞めて、畑のある家を見つけ引越した。なにしろ、敷金や礼金、家賃もないのだから、持ち主との合意さえあれば、好きな場所に引っ越せるのだ。

いや、そもそも、これからは「持ち主」という概念さえ危うくなっていくかもしれない。経済的、はっきりいえばお金のやり取りがそこに存在しないのだから、なにかを所有するというメリットもデメリットもなくなる

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【小説】ただの世界の住人⑩

【小説】ただの世界の住人⑩

いつものように、コンビニで競馬新聞を買う。いや、とる‥盗るではなく、取るだ。

お金がこの世からなくなって、すでに1週間はたったけれど、それはなかなか慣れない作業であった。

好きなものがなんでも手に入ったらいいのにと思ったこともあったが、いざ現実になってみると、それは不思議すぎて、馴染むには少し時間を要しそうだ。

小腹も空いたので、カップ麺も取る。レジに向かおうとしたが、必要ないので、カップ麺

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【小説】ただの世界の住人⑨

【小説】ただの世界の住人⑨

コンビニのレジを締める仕事がなくなった。なぜなら、もうお金が世の中からなくなったからだ。売上というものがない。

10年前の48歳の時、少しばかりの退職金をもらって、フランチャイズ契約をした。なぜなら、自分に合わない上司とクライアントに、気を使いながら過ごすサラリーマン生活に辟易していたからだ。結婚もしてないし、彼女もいない。真面目に働いていても、何もいいこともない。金もたまらない。ならば、少しは

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【小説】ただの世界の住人⑧

【小説】ただの世界の住人⑧

僕は、原口涼太。26歳。
Ryoという名前でソロで音楽活動をしている。といっても、なかなかプロになるには道は険しい。今は、コンビニでバイトしながら、路上でライブしたり、たまにイベントで歌わせてもらったりしながら、地道に曲づくりに励んでいる。結構本気で取り組んでいるつもりだけど、こう書くと、ほとんど趣味に近いな‥と自分で思う。

今朝、世の中からお金がなくなるらしいニュースが流れて、街はなんだか騒が

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【小説】ただの世界の住人⑦

【小説】ただの世界の住人⑦

「あ、なら、このパンあと一つ買います」

そういって、その女の人は、レジの途中で、パンコーナーから、ひとつパンを持ってきた。

この人は、たまにくる。赤ちゃんを連れてるけど、結構若そう。ちゃんとお母さんやれてんのかな?とふと思ってします。

「ありがとうございました〜」

いつもなら、袋いらないです。と自分のバッグに押し込んでいたのに、今日は、ビニール袋をちゃっかりもらって行った。

ちゃっかり‥

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【小説】ただの世界の住人⑥

【小説】ただの世界の住人⑥

なにかウキウキした気分で掃除機をかけていた。朝よりは落ち着いていた。今日から、世の中はすべてお金のかからないことになったのだ。なんだかまったく意味不明だが、とにかく心が軽い。生まれてはじめての感覚だ。

本当はお掃除ロボットがほしかったのにな‥かけている掃除機をみながらふと思った。あれ?ただでもらえるのかな?

もうすぐ、旦那が帰ってくる。ん?帰ってくるのだろうか?もう家のローンもなくなるみたいだ

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【小説】ただの世界の住人⑤

【小説】ただの世界の住人⑤

わたしは、秋津みどり。22歳。
結婚2年目で、子どもは1歳9ヶ月。今押しているベビーカーで、すやすや眠ってる。

地元の誰でも入れてくれるような短大を卒業とほぼ同時に結婚した。お腹には、この子がいたから。

旦那さんは、7歳年上のサラリーマン。
収入も安定してる。ま、優しいし。

目的もなく短大に通うわたしをみていたうちの親は、一番手堅い就職先を探してきたと、おそらく安心したに違いない。

自分で

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【異世界小説】ただの世界の住人④

【異世界小説】ただの世界の住人④

デスクに座ったまま、ぼーっとなにかを考えようとした。
けれど、全ての思考がストップしたかのように、何も浮かばない。
そりゃそうだ。今何が起こっているのかが全然わからないのだ。

今日の仕事はどうなるんだろうか?

9時の始業のベルが流れた。いつもはうざったく感じていた能天気なこのベルが、今日はなにか心待ちにしていたかのような気分だ。

予想通り、ベルのあとに、アナウンスが流れ出した。

「おはよう

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【異世界小説】ただの世界の住人③

【異世界小説】ただの世界の住人③

同僚の秋津が、デスクでパソコンを開いていた。

「おはよう」
「おー」
秋津は、めんどくさそうに、答えた。
そして、こう言った。
「給料もう出ないらしいぜ。会社来なくていいってことじゃん」

そして、続けて言った。
「なんでも『ただ』なんだろ?なら働く必要ないじゃん。じゃー俺、農業でもすっかなー?」

「なんでいきなり農業なの?」
俺はすっとんきょうな声で聞いた。

「だって、お前よく考えてみろよ

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【異世界小説】ただの世界の住人②

【異世界小説】ただの世界の住人②

『ただ』のコーヒーを飲み干して、駅に向かう。

電車はいつものように来るのだろうか?若干の不安を覚えながら歩いていく。

「聞いて〜 コンビニでパン買ったら、ただだったのー。信じられる? だから、3つも買っちゃったよー!ってか、もらったのかー!ははは〜。これで朝のけんかは‥」

ベビーカーを押している女性とすれ違った。

電話してるんだな。最近は、独り言なのか誰かと話してるのかよくわからないんだよ

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【異世界小説】ただの世界の住人①

【異世界小説】ただの世界の住人①

ある朝、僕はめざめた。
そこはすべてがただの世界だった。

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いつものように7時半のアラームのスヌーズを何回か聞いたあと、やっとのことで、カラダを起こした。

目をしぱしぱさせながら、洗面所へ向かう。いつもなら‥

その日は、なぜか先にテレビのスイッチを入れた。

甲高い声で朝の挨拶を繰り返すお笑いタレントの声

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