【異世界小説】ただの世界の住人②
『ただ』のコーヒーを飲み干して、駅に向かう。
電車はいつものように来るのだろうか?若干の不安を覚えながら歩いていく。
「聞いて〜 コンビニでパン買ったら、ただだったのー。信じられる? だから、3つも買っちゃったよー!ってか、もらったのかー!ははは〜。これで朝のけんかは‥」
ベビーカーを押している女性とすれ違った。
電話してるんだな。最近は、独り言なのか誰かと話してるのかよくわからないんだよな‥
そんなことより、やっぱり『ただ』ってのは、本当らしい。
駅につき、改札を通る。スマホをかざして、通り過ぎようとした時、ピーピーとけたたましい音がなり、行く手を遮断された。
(え?なんで?残高はあるはずなのに)
駅員が飛んできて言った。
「お客様、Suicaを使わずに、そのままお通りください!」
他の改札でも、次々とピーピー音が鳴り響き、駅員はあっちへこっちへ走りまわっていた。
そーか。電車も無料だから、Suicaもいらないんだ。
ホームに立つと、知らない乗客どうしが、顔を見合わせては、言葉を交わしている。だれかにはなしたくなるよな、こんな時は‥
なんか疲れるな。
なんでこんなことに‥
電車は定刻通りにやってきた。よかった。安心した。
でも、車内に入った途端、その安心は吹き飛んだ。
乗客の全員が、斜め上の同じ方向に目線を送っている。異様な風景だ。その先には、車内のモニターあり、テレビ番組を流していた。
「これは、いったいどういう政策なのでしょうか?」
「これはですね、我々もまったく聞かされたいなかったことでして‥まー、なんともうしてよいのやら、とにかく、
世界の経済はゼロになったということですね。すべてがゼロになりました。お金の流通がなくなるということです。加えていえば、お金の流通なしに、物流がおきるわけです。」
経済に詳しいという見知らぬ有識者と言われる人が、興奮ぎみに話を続ける。
「我々が生きてるなかで、いや、歴史上でもはじめてのことです。すべてが無料になるのです。そして、給料や報酬といわれるものもすべてなくなりますね。所得税もありません。ものの値段がゼロということは、消費税も、無論‥」
なんということだ!
給料もなくなるんだって?
だとしたら、俺は、なんのために会社に向かっているんだろう?
なんか、とてつもなくやばいことに気がついてしまったような気がした。
とはいえ、状況がまったくわからないし、誰かと話をしたいので、今日のところは会社に向かうことにした。
もう、明日からこの電車には乗らないかもしれないな‥と、不確かな思いが脳裏にうっするとよぎった。
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