映影舎

文章を読み、映画を観て、文章を書く日々です。いつまで続くか、その日常。

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最近の記事

『あの映画の幽霊だけは本物だ』第6話「女学生与流氓鬼」

 滞在三日目。昨日の帰り際、カービーからは午後三時頃に来てくれと言われている。ホテル近くのダイナーで信じられない不味さのサンドイッチを食ってしまい(それでもトラブルはごめんだとチップは払う)、部屋で一旦休もうとホテルのロビーに戻ったとき、白人の男に「ニーハオ」と声をかけられた。やれやれ、今度はチャイニーズに間違われたのか。自分が日本人であることと、日本語以外はまともに喋れないことを伝えた。綺麗に刈り揃えた短髪にノーネクタイのスーツ姿という身なりをした四十代くらいの男は、おれと

    • 『あの映画の幽霊だけは本物だ』第8話「ビデオがおれの青春だった」(最終話)

       二十年後。二〇一五年のいま、おれは三十八歳になり、企業向けの翻訳業務を担っている。学生時代の自分が名づけた愛称でいうところの〈シマモヨウ〉は相変わらず目に入るし、頻度もだいたい同じで、月に一度か二度。仮におれの寿命が七十歳だとしたら、あいつらの仲間入りになる猶予はもう折り返しを過ぎたが、そう考えたからといって死生観に影響があるでなし、深くは考えずに日々の慌ただしさに流される生活だ。今日は秀樹と会う予定があり、こうして渋谷の駅前であいつを待つ。考えれば、秀樹と一緒に映画館で映

      • 『あの映画の幽霊だけは本物だ』第7話「スクリーンやテレビに映るもの」

        「さて、そろそろ戻ろうか。皆、心配してるだろうし」とケイトに促され、一緒に裏口から中へ入る。 「あれだ、ちょっとタイミングが悪かったな」  エドゥアルドがバツが悪そうに言う。居間には全員揃っていた。トニーはポリポリと頭を掻く。ソファに座るシルビアは行儀よく両手を膝の上に重ねていた。カービーは何も気にしない様子で、おれのほうを見ずにタバコを吸う。そして、ヒメネスは神妙な顔つきで両腕を組み、話しだす。 「君が来てから始めるつもりだった。これはね……どこから話せばいいのか」 「

        • 『あの映画の幽霊だけは本物だ』第5話「O・J・シンプソン」

           それから会話は本題の幽霊が見えることに移った。おれやカービーと同じく、幽霊が見えるのはエドゥアルド、トニー、それに黒人女性のシルビア。ヒメネスとケイトには見えない。見える組は『サイキック・ストレンジャー 邪』を見て、カービーにコンタクトを取ったらしい。おれと一緒だ。ヒメネスとケイトは、おれをここまで導いた同人誌『STARTLE!』掲載のカービー最新作スタッフ募集を見て参加したそうだ。 「石を投げつけるなんてスゲエな」 「エドゥアルド、お前だって銃を向けたことがあるだろ」

        『あの映画の幽霊だけは本物だ』第6話「女学生与流氓鬼」

        • 『あの映画の幽霊だけは本物だ』第8話「ビデオがおれの青春だった」(最終話)

        • 『あの映画の幽霊だけは本物だ』第7話「スクリーンやテレビに映るもの」

        • 『あの映画の幽霊だけは本物だ』第5話「O・J・シンプソン」

          『あの映画の幽霊だけは本物だ』第4話「サイキック・ストレンジャー 邪」

          「よく来たな、グッドボーイ」  空港で出迎えてくれた彼は百貫デブだった。肩まで伸びた金髪に黒Tシャツ、夏にも関わらず革ジャン着用のバイカーファッションに正直引いたが、人を惹きつけるオーラはあった。ジェスチャーを交えた、たどたどしい高校生レベルの英会話でもなんとかコミュニケーションはとれたが、相手が喋ったことをどこまで理解できているのかは怪しい。 「これがダイナーってやつですか。日本のレストランとは違いますね」 「そうだ、ダイナーがなければ、我々アメリカ人は生きられない」

          『あの映画の幽霊だけは本物だ』第4話「サイキック・ストレンジャー 邪」

          『あの映画の幽霊だけは本物だ』第3話「デニス・ロッドマン」

           犯人が捕まった。当然、おれではない。会社とは何の関係もない、行きずりの強盗だった。教えてくれた刑事によれば、一昨日、野球場でビールの売り子の腕を咬んだとかで逮捕された男が、強盗の件を自分から白状したそうだ。  おれは無罪放免となった。刑事どもからは一切の謝罪はない。爆発事故のときもそうだったので、何とも思わなかった。それより、もう刑事にいびられないことの安堵感のほうが強い。すべての元凶は犯人の野郎にあるが、あいつがビールの売り子を咬んで逮捕されたことが結果として、おれの解放

          『あの映画の幽霊だけは本物だ』第3話「デニス・ロッドマン」

          『あの映画の幽霊だけは本物だ』第2話「『サスペリア』と『サンゲリア』と『サランドラ』」

          「それは、ジョン・カービー監督の『サイキック・ストレンジャー 邪』だね」と即答する秀樹。土曜深夜のホラー特番の放送から明けた日曜日、おれは秀樹と会い、映画の情報を聞き出した。あいつは特番を見逃したと悔しがったが、番組内で紹介されたホラー映画の一本について、おれの説明を聞いてすぐに答えることができた。本物の亡霊を描写した作品は、一九八六年に作られたアメリカ映画だった。  『サイキック・ストレンジャー 邪』の内容はこうだ。主人公はニューヨークで警察官になったばかりの若い男。追

          『あの映画の幽霊だけは本物だ』第2話「『サスペリア』と『サンゲリア』と『サランドラ』」

          『あの映画の幽霊だけは本物だ』第1話「Theスーパーファミコン」

          あらすじ「先ほど、非常に大きな爆発音が聞こえました。繰り返します、爆発です、映画館で爆発があった模様です。映画館の割れた窓から黒煙がもうもうと吹き出ているのが確認できます。退去命令が出された、我々報道陣のいるこの場所でも鼻につく臭いがします。映画館に立て篭もった犯人グループと警察の銃撃戦は爆発後も止むことがありません。事件の首謀者とされる元映画監督の……」 ×××  おれが初めてあいつらを見たのは、小学六年生のとき。公園で友達と遊んでいる最中、そいつは電話ボックスの近

          『あの映画の幽霊だけは本物だ』第1話「Theスーパーファミコン」

          『これぞ我が銃、我が愛銃』第16話「テクニカラー」(最終話)

          「おはようございます」 「今日も遠くからごくろうさん。最終出勤日だよな?」 「ええ。皆さん、そうですけどね」  持田は長谷川の執務机に歩いていくと、椅子にどっかと腰を下ろし、肘掛けに手を乗せる。その位置から〈スペシャルルーム〉を見渡す。視界には長谷川、京香、春奈が収まっていた。 「一度、座ってみたかったんですよ。確かにいい椅子」 「まあな。あれだぞ、スタッフの椅子も他の事務所に比べたら、遥かに高級なやつをそろえてたんだからな。『いい椅子がいい仕事をする』。昔、世話になった作

          『これぞ我が銃、我が愛銃』第16話「テクニカラー」(最終話)

          『これぞ我が銃、我が愛銃』第15話「サヴェージブラウン」

           美しいものが見たかった。それは小学一年のある寒い明け方……。  たぶん、あの単語は『排泄』を意味していたのだろう。未知の言語だったがそれはなんとなく理解できた。なぜなら、檻の中で彼女がその言葉を口にする際、いつも股間か腹部を抑え、耐え忍ぶ表情を見せていたからだ。たいていは冷や汗も垂らして。願いはときに叶えられ、ときに却下される。後者になった場合、私は鼻をしばらくつまむ。彼女は他にも毎日のように何かを懇願した。手振りを交えて、必死に訴え続ける。が、半月を過ぎた頃には(見える

          『これぞ我が銃、我が愛銃』第15話「サヴェージブラウン」

          『これぞ我が銃、我が愛銃』第14話「ドゥームドクリーム」

          「本日はどのようなご用件でしょうか」 「お水」 「はい、水道ですね。ただいまお電話いただいておりますのは、開栓手続きの番号となります。こちらお間違えないでしょうか」 「お水が出ないの」 「承知いたしました。それでは、ご案内させていただきます。まずはお手元に――」 「体が洗えないの。喉も渇いてるの」 「あ、はい。そうですね、そのためのお手続きに必要な情報をお伺いしてもよろしいでしょうか」 「なんで?」 「お客さまのご利用状況をお調べした上で、最適なご案内をさせていただければと思

          『これぞ我が銃、我が愛銃』第14話「ドゥームドクリーム」

          『これぞ我が銃、我が愛銃』第13話「ハーフデッドシルバー」

           重苦しい空気が充満している。皆、重力が異なる惑星に急に連れてこられたかのような圧を感じていた。 「まずは状況を整理しましょう。各々、認識が違っていると齟齬が生じてしまいますし。飲み物やお菓子もありますから、食べながらでも。ゆっくり落ち着いていきましょう」 「落ち着けるわけないですよ! なんで持田さんは冷静なんですか!」次郎が食ってかかる。 「それはね、次郎さん。私はこういうことがいつか起きるだろうと思っていたからですよ。ここにはいませんが、室長も同じ考えです。想定内という

          『これぞ我が銃、我が愛銃』第13話「ハーフデッドシルバー」

          『これぞ我が銃、我が愛銃』第12話「ドミナントオリーブ」

          『死の直前の不可解な行動』 『笑顔の裏でいつも悩んでいた札野さん』 『なぜ? どうして? 自死へ至った理由を徹底考察』 『独占激白! 家族との金銭トラブルを実弟が語る』 『死亡時刻の疑惑 他殺説も?』 『選んだ死に場所は一番お気に入りのスポーツカーだった』 『ファンの悲痛な叫びは止まらない 献花台にあふれる花束』 『練炭の危険性を専門家に聞いた スタッフによる実験報告』 『あの頃からおかしかった! 現場での奇行を共演者が証言』 『札野紗佐恵さんを偲ぶ 幻のデビュー作を追悼放送

          『これぞ我が銃、我が愛銃』第12話「ドミナントオリーブ」

          『これぞ我が銃、我が愛銃』第11話「デストラクティブゴールド」

           待合室の椅子に座る間、春奈は貧乏ゆすりが止まらなかった。このまま帰りたい、そう心の中でつぶやく。呼ばれる前に帰ってしまえ。 「小野里さん、小野里春奈さん。どうぞ、お入りください」  もう帰れない。行くしかない。春奈は立ち上がった。まだ足は震えている。 「訓練に来なくなってから、もう何か月経つかな――」  胸のネームプレートに〈磯谷〉と書かれている男はクリアファイルから書類を取り出し、ペラペラとめくった。診察室には磯谷と春奈しかいない。 「どこから話しましょうか。まず先に

          『これぞ我が銃、我が愛銃』第11話「デストラクティブゴールド」

          『これぞ我が銃、我が愛銃』第10話「フュリアスネイビー」

           美しいものが見たかった。それは高校二年のある時期の毎晩と毎朝、目にしていたものでは断じてない。  彼女は必死の形相で息も絶え絶えに走っていた。右手には松葉杖。よろめきながらも倒れまいと一心不乱で駆け続ける。死の恐怖から逃れるために。  またあの音だ。銃声だ。弾丸は足のすぐそばのアスファルトに着弾する。驚いた拍子によろめき、倒れてしまう。すりむいた。痛い。すごく痛い。文字どおりかすり傷なのに、それでもすごく痛い。  撃った男が近づいてくる。逃げなければ。彼女は目の前にある

          『これぞ我が銃、我が愛銃』第10話「フュリアスネイビー」

          『これぞ我が銃、我が愛銃』第9話「イマチュアオレンジ」

           ドアの向こうから聞き慣れた声が伝わってくる。話す内容まではわからないが、何かに憤る怒りの声であることだけは十分理解できた。怒気によって沸騰した熱さがドアを隔てたこちらにまで、耳から感じられる。 「そりゃあ、おたくの立場は承知してるさ。でもな、おれにもタレントを守る義務があるんだよ」  長谷川が手にするのは黒く四角い筆箱を思わせる携帯電話。トランシーバーさながら顎の前で持ち、回線の向こう側にいる相手に対し、まくし立て、さらにがなる。負けじとあちらからも甲高い金切り声がスピー

          『これぞ我が銃、我が愛銃』第9話「イマチュアオレンジ」