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『あの映画の幽霊だけは本物だ』第5話「O・J・シンプソン」

 それから会話は本題の幽霊が見えることに移った。おれやカービーと同じく、幽霊が見えるのはエドゥアルド、トニー、それに黒人女性のシルビア。ヒメネスとケイトには見えない。見える組は『サイキック・ストレンジャー 邪』を見て、カービーにコンタクトを取ったらしい。おれと一緒だ。ヒメネスとケイトは、おれをここまで導いた同人誌『STARTLE!』掲載のカービー最新作スタッフ募集を見て参加したそうだ。
 
「石を投げつけるなんてスゲエな」
「エドゥアルド、お前だって銃を向けたことがあるだろ」
「ああ、でも撃てなかった。万が一、当たって死んだらどうすんだよ。どこに通報するんだ?」
「なんだそりゃ、ジョークか?」

 エドゥアルドとトニーが冗談を言い合う。普通に会話の中に銃が登場するのにたじろぐ。二人にはウマの合った仲のよさが見える。〈悪友〉って感じだ。

「じゃあ、サダオも実際にゴーストに触れたことはないのね。この中では私だけか」とシルビアがポツリと言った。紺のワンピースに身を包む彼女は、そのシックな服装のせいもあり、この場で一番落ち着きのある人に見えた。
「死んだ人と触れ合ったなんてステキ」とケイト。
「触ったことがあるんですか?」
「そうね、偶然なんだけど。私の場合、物心ついた頃から見えてた。あれはハイスクールのとき。『THE THING WITH TWO HEADS』っていうくだらない映画を見に行ったの。余命わずかな白人の男の頭部を、健康な体の黒人に移植するんだけど、二人の頭は残ったまま。だから『TWO HEADS』というわけ」
「なんかそれ聞いたことあります。友人の家にビデオがあったような」と言いながら思い出した。秀樹の家にあった『Mr.オセロマン』だ。強く勧められたが、最後まで見ることを拒絶して揉めたから覚えている。帰国したら見せてもらおう。逆にもう見せてくれないかもな、などと一人ほくそ笑んだ。
「いい友人を持ってるのね。大切にしなさい。それで、白人の友達とその映画を見て、二人してゲラゲラ笑ってた。でも、映画館を出てから、理由は忘れちゃったけど、些細なことでケンカになって。一人で家に帰る途中、道に立つ父さんを見た。暗がりなのに父さんだってわかったのよ。私は走って抱きついたんだけど、体温が感じられなくて、それに固くて石みたいだった。恐くて顔を見上げることはできなかった。でも、ゴーストだってことは理解できた。下を向いたまま、その人から離れたあと、走って逃げたの」
「お父さんは……」
「ひょっとしたらと思い、急いで帰宅すると、そこには元気な父さんがいた。いまも衰え知らずよ。だから、抱きついたあの人は誰だったんだろうってずっと考えてる。路上で目にしたときは、父さんとしか思えなかったのに」

 シルビアの話を皆、真剣に聞いている。無論、初めて聞くおれもだ。
「ねえ、ジョン。この子も参加するの?」とシルビアが言う。彼女だけはカービーのことを〈フューチャー〉ではなく、本名のファーストネームで呼ぶ。
「今日はまだだ。明日にしようと思う」
 参加とは何のことだろう。二人ともネイティブな口調ではなかったから、おれに何かを隠してるわけではなさそうだが。

 食事のあとも様々な話をした。カービーが映画で描写した幽霊デザインはやはり世間には受け入れられず、元々の演出センスのなさもあったろう、数本のテレビドラマやミュージックビデオを手掛けた以降、彼は監督業から遠のいた。いまは映画学校の講師や文筆業で食いつなぎ、彼を慕う者たちを集めたサークル〈グリーンマジック〉の運営を続けているそうだ(〈ブラックマジック〉じゃないのか、とは尋ねなかった)。運営といっても、具体的にどういう活動なのかはわからない。

 青春が詰まった品だという8ミリのスーパー8カメラを手にし、昔話に興じるカービーを見ていたおれは、皆に聞きたいことがあったのを思い出した。
「一つ伺いたいことがあるんですが、皆さんは幽霊を撮影したことはありますか?」
 この質問には幽霊が見える四人全員が首を振った。
「カメラを持ってるときに限って出てこないんだよな」とエドゥアルド。トニーもそれに同意する。
 シルビアは「撮るチャンスはあったわ」と言う。「だけど、バッグからカメラを取り出したときにはもう目の前から消えちゃった。意外だけど、ジョンもないのよね?」
「撮影所で見たのは、ガキの頃に死亡事故の現場で目撃したきりだ。ロケハンでも見たことがない。完全なオフの日になぜか現われる。まったく、なんて間の悪い連中だ!」
「……そうなんですね。僕もずっとなかったんですが、ちょうど昨日の帰りに撮れたんです」
 この発言はその場の全員を驚かせたようだ。
「君は凄い! フィルムを見せてくれ。現像もこっちでしよう!」とヒメネスは興奮を隠さない。
「それが、ホテルに忘れてしまって。明日持ってくるようにします」
「絶対だよ!」
 ケイトも「遂に、この目でゴーストを見られるかも!」とはしゃぐ。
「君はカメラに愛されてるのかもしれないぞ。進路には映画業界も視野に入れるといい。日本の業界事情には詳しくないが」とカービーはそれから一時間もの間、アメリカの映画業界がいかに腐っているか、クリントン政権がいかに堕落したのかをがなり立てた。恒例のトークテーマのようで、他の皆は「また始まった」と言わんばかりの渋い顔。ケイトに至っては舌を出し、両耳に指を突っ込む。その姿はやけにチャーミングだった。
 
 陽も落ちた頃、歓迎会はお開きとなった。
「今日は楽しかったよ。君が警察に何度も犯人扱いされたことは本当にひどい。こっちの国でも彼らのやり方は汚くてね。ボランティアで、無罪を訴える人たちへのサポート活動もしてるんだ」
「ヒメネスは真面目だからね!」
「からかうなよ、ケイト」

 気持ちのいい人たちばかりだ。ヒメネスたちに軽く挨拶をしてカービー宅を出ようとしたとき、エドゥアルドに呼び止められた。
「ホテルへ帰るのか? おれとトニー以外は用があるからここに残るけど、おれたちはヒマなんで、ちょっと一緒に映画でも見に行くのはどうだ?」
「そうだよ、映画の縁でここに来てるんだ、本場のシネマを楽しめよ」とトニーも言う。

 せっかくの誘いを断ることもない。エドゥアルドの運転するホンダのシビックに乗り、三人で近くの映画館に行った。見た作品は『バッドボーイズ』というアクションもの。日本では今年の秋に公開と予告で流れていたやつだ。アクション映画だから台詞がわからなくても大丈夫と言われたが、いうほどアクションシーンはなく、どの登場人物もカルシウムが足りないのかやたらとキーキーわめいてばかりで、しかも早口だからほとんど聴き取れず、ストーリーもチンプンカンプン。主人公たちの上司が仕事中にバスケで遊んでいるのも気になった。唯一の収穫は、金持ちの刑事を演じた何とかスミスという役者で、筋肉自慢とは違う精悍な印象を与え、次世代のスターを感じさせた。
 
「サダオ、お前はファントムが見えることをどう思ってる?」
 帰りの車中、トニーが後部座席にいるおれに聞いてきた。彼は幽霊のことを〈ファントム〉と表現する。
「それは……なんと説明すればいいのか、よくわからなくて」
「あれだ、トニーが言いたいのは、見えることは幸福なのか、不幸なのかってことだよ」
「得することはないですね。見なくて済むならそのほうがいいかもしれない」
「だろ? おれとトニーもそうなんだ。以前、マイナーリーグでピッチャーをやってたんだけど、試合中にやつらがいきなり出てきたからビビっちまって。そのせいでここぞというチャンスを逃した。チームメイトからは批難の嵐さ。結局、退団することになって、野球自体もやめたよ。トニーも同じように、やつらのおかげで散々な目に遭ってる」とエドゥアルドはハンドルから片手を離し、自分の膝をポンポンと軽く叩きながらトニーを見やる。トニーは「その話はいいよ」と手で払う仕草をした。そういえば、彼は歩く際に若干、片足を引きずっていた。幽霊と何か関係するのだろうか。
「それなら、お二人ともどうして、あの人たちと一緒にいるんですか?」

 おれの質問に二人は沈黙してしまった。まずかったか?
「一人じゃ面白くねえからだ」最初に口を開いたのはエドゥアルド。「ケーブルテレビでギークども向けのカス映画を見てたら、やつらが映ってた。すぐにテレビ局に電話したら簡単にフューチャーの連絡先を教えてくれたよ」
「おれもエドゥアルドと同じさ。違うのは、おれはこいつが嫌うギークの一人ってこと。フューチャーと出会うまでの経緯はちょっと長くなるし、マニアな映画好きじゃないとわからない用語も出てくるから、やめておくよ。君の友達になら理解してもらえそうだけどね」
「じゃあ、フリってことですか? 〈フューチャー〉と呼んでるのも……」
「そうじゃない。ケイト嬢ちゃんやヒメネス坊やみたいな純粋さはねえけど、おれたちはフューチャーを尊敬してる。服と部屋の趣味は悪いがな」
「ああ、彼なら何かやってくれるんじゃないかって、そんな気がするんだ」
「シルビア以外はどいつもサークルに入って長くても二年にも満たない。設立したのが確か四年くらい前で、メンバー数には変動があるが、初期メンバーは彼女だけだ」とエドゥアルドが教えてくれた。
 トニーが付け加えて「彼女はどういう思いで、サークルに関わってるのかはいまも謎なんだよな」と言った。
「ま、面白ければ何でもいいんだよ。面白ければ」とエドゥアルドが締めの言葉を口にしたとき、車はホテルに着いた。歓迎会で彼らへの警戒心は解け、おれは宿の住所を伝えて送ってもらったのだ。
 
「不味い店にはチップなんか払うんじゃねえぞ!」
「あえて払って、日本人の気前のよさを見せてやれ!」

 去っていく二人を見送る。黒のブルゾン姿のエドゥアルドとサマージャケットを羽織るトニーが凸凹刑事コンビに思えてきた。さっきまで刑事ものの映画を見ていたから余計にそう感じる。映画館でも面白いことがあった。ロビーで開場待ちをしているとき、『バッドボーイズ』のオチを大声を叫ぶ変なアジア人の男がおり、激高したエドゥアルドがそいつの胸倉をつかんであわや暴行という事態になったのだ。トニーが止めに入り、エドゥアルドをなだめつつ、ネタばらし男もたしなめ、その場は収まった。まるで〈いい刑事と悪い刑事〉だ。
 エドゥアルドは「お灸をすえようとしただけ」と言うが、あのときの彼は完全にキレていた。そもそも、アジア人の男はたいしたことは口にしなかったし、実際、『バッドボーイズ』にこれといった驚愕のオチなどなかったのに。てっきり、トニーのほうがオタクで、エドゥアルドはむしろ無神経にネタばらしをしてしまう人間かと思ったが。人は簡単には判断できない。

 ホテルの部屋でテレビをつけると、放送していたのは、
事件のドキュメンタリー。この事件は日本のワイドショーでもよく取り上げられていた。真相はおれなんかには知りようもないが、濡れ衣経験豊富な立場からは、冤罪だけは起こさないでほしいと切に願う。

(第6話へ続く)

#創作大賞2024 #ホラー小説部門

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