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働き盛り30代。妻が乳がんになった広島の男性が「夫」のサポート団体を立ち上げるまで

 32歳のとき、一つ下の妻が乳がんになった。それから7年、広島市中区の会社員仲本典明さん(39)は、「乳がん患者の夫」をサポートする団体を立ち上げた。全国でもめずらしい取り組みだ。「ばりばり働いて当たり前の世代の男たちが、闘病する妻のことで悩みや本音を打ち明けられる場ってなくって」。乳がんの患者はたくさんいて、その夫たちも実はたくさんいる。まず、当事者が出会える場をつくりたいと思っている。(久保友美恵)

■闘病に伴走して

 妻の乳がんが見つかったのは、仲本さんが32歳の2015年秋、当時は金融機関に勤めていた。突然、がん治療は始まった。まだ子どもがおらず、将来授かるための情報も集める必要があった。乳腺外科と産婦人科に通い、さまざまな選択を迫られた。
 すぐにぶつかった壁が「仕事と家庭の両立」だった。中間管理職として責任のある業務を任され、午前6時半に家を出て、午後9時過ぎて帰宅する日々。夜は疲れ切って、治療の情報収集をする気力が湧かない。早く帰るため、仕事をセーブすることもできなかった。そんなことをすれば、自分のキャリアが途切れてしまう。怖かった。
 抗がん剤の副作用で足がむくみ、つらくて寝付けない妻に、何をしてあげたらいいのかも分からない。早朝に「痛い」と泣く妻を家に残して、仕事に向かうのがもどかしく、無力感に襲われた。

 誰にも悩みを話せなかった。事情を知る同僚にも「大丈夫」と明るく振る舞った。しんどそうな妻に、本音を吐き出すわけにもいかない。乳がん患者が集まる会合に妻と参加しても、女性ばかりで肩身が狭く、孤独だった。仲本さんは「精神的にかなり無理をしていました」と振り返る。
 書店に立ち寄った時に自然と手が伸びたのは、がんの本ではなく、気持ちを強く持つための自己啓発本。「問題は自分のメンタルだと思い込んでいました」 

 転職を決めたのは、妻の乳がんが見つかって半年たった頃。職場で昇進のことが話題になったとき「管理職になって妻のがんが再発したら、きっと自分は仕事を選んでしまう」という思いがよぎり、自分でも驚いた。それでいいのだろうかと悩み抜いた末、「妻のそばにいる」ことを選んだ。働く場所や時間がより柔軟な会社を探し、16年秋に転職。「妻の病気で、自分の価値観が揺さぶられました。大切なものは何なのか、考えることができたことは良かったと思っています」と仲本さんは語る。

■支援団体の立ち上げ

 2022年春、仲本さんは「乳がん患者パートナー支援団体PAPACOCO(パパココ)」(広島市中区)を立ち上げた。
 活動の柱は、乳がん患者の夫たちを対象したオンライン交流会。病気や治療について乳腺外科医から学んだり、悩みや経験を語り合りあったりする。当事者の夫11人の声を社会に伝える冊子も作った。
 パパココ設立のきっかけは、2020年4月の県立広島大大学院(広島市南区)への社会人入学だった。30代の終わりに、仕事をしながら何か新しいことを学びたかった。
 胸に響いたのは、社会課題を事業によって解決する「社会起業家」の授業。露木真也子教授から「自分ごとであり他人ごとであることに取り組むのが社会起業」と教わった。
 自分の悩んだ経験が、誰かのためになるかもしれない。乳がん患者の夫としての苦悩を相談したり、病気について学んだりできる場が欲しい。これまで痛切に願っていたことを形にしてみようと考えた。

 国立がん研究センター(東京)によると、2018年に新たに乳がんと診断された女性は9万3858人。さらに30代のがんの罹患率では、乳がんは22%と最も高い。働き盛りや子育て世代、子どもを望む世代で最も起こりやすいのががんといえる。乳がんになった妻を持つ働き盛りの夫は多いはずだ。だが、がん患者支援する民間団体や企業、広島県など自治体の取り組みを調べても「乳がん患者の夫の支援」に特化した活動は見当たらなかった。    
 動き始めてみて、手応えを感じている。悩んでいたのは、自分だけじゃないことが見えてきたからだ。2021年、広島県内を中心とする乳がん患者の夫11人に実施したアンケートとインタビューでは、自身の体験と重なるような声が相次いだ。「看病と仕事に追われ精神的な不調が生じた」「妻が治療に専念するために仕事を辞め、収入が減った」「治療費や入院費で支出が増えた」「妻と分担していた子どもの保育園・幼稚園の送り迎えが困った」…。どれも切実な訴えだった。

仲本さんが作った「PAPACOCO REPORT」

 2021年11月には、子どもがいる当事者3人とオンライン交流会を開いた。1時間に出てきた単語を分析すると、「仕事」「子育て」「メンタル」が特に目立った。仲本さんは「看病と仕事を並行することで生じる悩みに応える支援が必要だと分かった」と話す。
 支援団体をつくることにも期待が寄せられた。「職場でしんどい顔を見せることができず、一人で抱え込んだ」「同じ境遇だからこそ話せることがある」。仲本さんは「うれしかった」と言う。
 一生懸命、妻のことを考えて悩んできた人たちの集まり。すごいな、とその姿に感動し、何か励まされた。「気持ちの寄り添い具合が深い人と初めて出会えた」。胸の奥にある孤独感が和らいだ。
 
仲本さんは「調査段階でもっと多くの当事者の声を聞きたかったのですが、出会うこと自体が難しかった。悩んでいる当事者の存在に光を当て、社会に認識してもらうことが大きな課題」と力を込める。
 今後はフェイスブックの公式ページで情報発信しながら、2カ月に1回のペースでオンライン交流会を開く計画にしている。

仲本さん(中央)に賛同する仲間2人が協力

■6月29日にオンライン交流会

次回の交流会
〇2022年6月29日午後7時~8時半
ひろしま駅前乳腺クリニック(広島市南区)の長野晃子院長が「パートナーにこそ知ってもらいたい乳がんの基礎」をテーマに解説する。参加者が互いに疑問や経験を共有し合う時間も設ける。
〇対象は、乳がん患者のパートナー
〇参加無料
〇名前(匿名、ニックネームもOK)▽メールアドレス▽年齢を明記し、メール(papacoco2022s@gmail.com)に申し込む
〇6月27日締め切り

乳がん患者の夫11人のアンケートなどをまとめた冊子「PAPACOCO REPORT」の配布に協力してくれる施設、団体も募っている。

自費で1000部作ったそうです