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ショートショート

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[ショートショート] トラネキサム酸笑顔と僕の出会い

[ショートショート] トラネキサム酸笑顔と僕の出会い

ある日、見知らぬ女に「トラネキサム酸笑顔」と言われた。

「何ですか?」

俺がそう聞き返すと、女はニヤニヤと笑うばかりだった。

腹が立ったので無言で立ち去ろうとすると、女が僕の腕を掴んでさらにこう言った。

「だから言っているでしょう。虎猫サムさん、笑顔って」

恐ろしくなって女の手を振りほどこうとしたが、思った以上に彼女の力は強くて、僕は逃れられなかった。

女は僕を引き寄せると耳元でこう囁

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[ショートショート] 春とギター:底無しの欲望

[ショートショート] 春とギター:底無しの欲望

目を開けると野原にいた。

ヒラヒラと蝶々が飛んでいく。
うまそうだなと思った。

ゆくっり立ち上がると少し目眩がした。
あっちで少しどんちゃん騒ぎやりすぎた。

私の名前は春。いまそう、ここにこうして生まれたばかりだ。

音が聞こえてきたので私はそちらへ向かった。
人間がいた。

人間は弦楽器を持って声を出していた。

私はこれが “歌” というやつだと知っていた。
我々が奏でるものとはだいぶ違

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[ショートショート] オバケレインコートの思い出

[ショートショート] オバケレインコートの思い出

 中学三年生のころ、好きになった男の子がいた。
 彼はいつも丈の長いジャケットを制服の上から着ていたので、オバケレインコートと呼ばれていた。

 たいていの時間、彼は読書をしていた。
 私にはそれがとってもクールでかっこよく見えたんだ。

 彼は探偵ものをよく読んでいた。
 私もこっそりそのシリーズを図書室で借りて読んだ。

 共通の話題を探していたんだと思う。

 ある日、私は思い切って彼に話し

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[ショートショート] 風車のモリビト | シロクマ文芸部

[ショートショート] 風車のモリビト | シロクマ文芸部

風車のモリビトに言われて僕は微調整を続けていた。

この作業に何の意味があるのか僕には全くわからなかったけれど、とにかく何千何百とある風車の方向を調整して正確に風を捉えて最速で回るようにするのが僕の仕事だ。

風車は地面から生えてくる。いつのまにか生えてくるので知らず知らずに方向が狂っているものが増えてしまうのだ。

風車の向きを狂ったままにしておくと、この世の均衡が崩れて厄災が起こるという。

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[ショートショート] 桜色の小人と恋と呪い [ダブル文芸部]

[ショートショート] 桜色の小人と恋と呪い [ダブル文芸部]

 桜色の小人が道端に落ちていた。

 それは本当に全身が薄いピンク色の小人だった。

 あまりに小さいので花びらと間違えて踏んづけそうになった。

 実際誰かに踏まれたのかもしれない。動かないし。

 俺はしばらく横たわっている桜色の小人を見下ろしていたが、そのまま置いていくこともできず、そっと拾い上げてポケットにしまった。

 そんなことをすっかり忘れてバイトして、家に帰ってきてズボンを洗濯しよ

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[ショートショート] 向かい合った鏡 - 迷宮 | 青ブラ文学部

[ショートショート] 向かい合った鏡 - 迷宮 | 青ブラ文学部

 鏡に向かって座っていると、そこに映っているのが全くもってまるで知らない人に思えてくる。

 それは確かに私であるのに、光化学的においても紛れもなく私であるのに、私は目の前に映っている自分を自分だとは認識できないのだあった。

 確かに鏡に映っている私はほんの少し過去の私であるし、この安物の鏡の反射率を考えるとせいぜい80パーセントにも満たない完全ではない私な訳なのだが、そう言った微かな違いでは済

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[ショートショート] 春と風水師はきまぐれってね #シロクマ文芸部

[ショートショート] 春と風水師はきまぐれってね #シロクマ文芸部

 春と風水師は気まぐれってね。誰が言ったか知らないけど実に的を射ている。

 俺の親父は偉大な風水師だったらしいが俺にとっては女好きのどーしょもないとんだクズ野郎だった。

 お袋は十年前に出て行ったきり、風水しか能のない男に育てられた俺は、必然と知らない間に風水師になっていた。

 そんな親父も一週間前、脳卒中だか何だかでぽっくり逝ってしまった。
 途方に暮れた俺が遺品の整理をしていると、親父か

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[ショートショート] レトルト三角関係:マスターは天手古舞

[ショートショート] レトルト三角関係:マスターは天手古舞

 増員の必要が出たのでレトルトを一体発注した。

 非戦闘地区に配送されるので取りに行かねばならん。

 一人で行くつもりがレトルトSPが付いてきてしまった。
 女性型のすばしっこい個体なのだが…。

「マスター、前方に敵。射ちますか?」

「あれは敵じゃないぞ、ネコちゃんだ」

「マスター、地雷です。破壊しますか?」

「あれは牛糞だ」

 そう…彼女はポンコツ。戦闘能力だけバカ高いポンコツなん

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[ショートショート] デジタルバレンタイン:旧人類の奇妙な習慣

[ショートショート] デジタルバレンタイン:旧人類の奇妙な習慣

 考古学研究を趣味とする僕は、いつものように旧人類の残した画像データを漁っていた。

 それは人類が仮想現実に拠点を移行する前のもの。数万年も前の情報である。

 旧人類は物質世界に囚われた不自由な暮らしをしており、娯楽といえば口から有機物を入れて尻から出したり、お互いの裸を舐めあって遊ぶことくらいだったようだ。

 そんな彼らの暮らしを見るのが僕の趣味だった。

 今日発見した動画はかなり衝撃的

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[シロクマ文芸部] チョコレイトのようにとけだしてさ

[シロクマ文芸部] チョコレイトのようにとけだしてさ

チョコレイトのようにとけだしてさ
君って海みたいだねって波になる

・・・

これは私の友人のfamilyslowの歌の始まりです。
今週の「シロクマ文芸部」のお題「チョコレート」を見て、真っ先にこの歌が思い浮かんだのでした。

聞くと体の力が抜けちゃう魔法のようなハスキーボイス。
ふわっとしてどこまでも優しい。でも何となくアンバランスで不安定な詩の世界。ゴールはないけど着地しちゃうみたいな。そう

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[ショートショート] カバー小説:臆病者 [明桜生さんの詩をカバー]

[ショートショート] カバー小説:臆病者 [明桜生さんの詩をカバー]

カバー小説を書く試みです。
原作はこちらの詩です。

臆病者 ふらっと入った小さな画廊で、私は一枚の絵に釘付けになってしまった。

 それはそれほど大きくない油絵だった。

 中央に朱色の鳥居が立ち、夕焼けの空におおきな金魚が泳いでいた。
 それからよく見ないとわからないのだけど、並んでいる灯篭の下に日本人形が並んでいるのだ。
 その暗がりに浮かび上がる着物の赤が実に不気味だった。

「その絵がお

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[ショートショート] カバー小説:世界はなかった [まくらさんの10文字ホラーをカバー]

[ショートショート] カバー小説:世界はなかった [まくらさんの10文字ホラーをカバー]

小説のカバーをやってみよう、という試みです。
原作は、まくらさんのこちらの作品。

世界はなかった 目を閉じる。そこには何も無い。

 目を開ける。目の前には道がある。

 俺は歩き始める。特に理由はない。そこに道があるからだ。

 横断歩道。赤信号。目を閉じる。世界が消える。

 俺が目を閉じると世界は消える。そういうふうにできている。

 目を開ける。横断歩道。青になる。みんなが一斉に渡り出す

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[ショートショート] カバー小説:雪化粧の怪異 [スズムラさんの10文字ホラーをカバー]

[ショートショート] カバー小説:雪化粧の怪異 [スズムラさんの10文字ホラーをカバー]

小説のカバーをやってみよう、という試みです。
原作は、スズムラさんのこちらの作品。

※以下、私の文章には若干グロい表現あります。

雪化粧の怪異「お嬢さん、随分とやっかいな荷物を抱えてますねぇ」

 昨晩振った雪が積もって、世界がうっすら雪化粧の朝。

 その声は足元から私に話しかけてきた。

 声のする方を見ると、私の右足のちょうどすぐ下、雪化粧の隙間から彼の目が覗いていた。

 私は驚いて一

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[ショートショート] カバー小説:祀られた石 [しめじさんの作品をカバー]

[ショートショート] カバー小説:祀られた石 [しめじさんの作品をカバー]

小説のカバーをやってみよう、という試みです。
原作は、しめじさんのこちらの作品。

祀られた石 まるで岩みたいにゴツゴツした顔の皺くちゃなお婆さんと向き合って座り、私は困惑していた。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう…。
 このお婆さんの話を延々の聞きにここに来たわけではないのに…。

 お婆さんは構わずにしゃべり続けていた。

「こうして人々がこの地に暮らし始めると、いつのまにかグ

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