[ショートショート:SFホラー] 夏は夜に出歩いてしまう人が後を絶たない|シロクマ文芸部
夏は夜に出歩いてしまう人が後を絶たない。
サイレンが鳴り響くと僕は窓という窓を閉め切って、クーラーを最大限に動かし部屋の温度を極限まで下げる。
そして頭から布団をかぶるんだ。
聞こえないように。何も聞こえないように。
それでも僕には聞こえてしまうんだ。
サイレンに交じって、誘惑に負けて出歩いてしまった人たちの無言の絶望の音が。
・・・
僕たち人類が新種のウイルスに汚染されているのが最初に発見されたのは、今から約三十年前の4687年のことである。
最初は高齢者や免疫力の弱い基礎疾患のある人たちの間で発症が相次いだのだが、これまでに類のないウイルスだったためにその存在が明確になったのは随分後になってからだった。
人類がその新種のウイルスにゴルディオデアと名をつけた時には、既に4千万人の犠牲者が出ていた。
ゴルディオデアの潜伏期間は早くて10日、一生発症しない人もいる。
発症時の初期症状は風邪に非常に似ており、高熱による頭痛と吐き気、そして喉の痛みが挙げられる。ただし、鼻水はほとんど出ない。
発症から数日たつと熱などの初期症状はほぼ治まるが、奇行が目立つようになってくる。
突然笑い出したり、その場から走り去ったり、駄々っ子のように地面に転がって泣き叫んだりするようになる。
一番多くみられる行動が、真夜中の徘徊である。
これは本人の意思と関係なく衝動的に行われる。
そして、夜中に出歩いていた者は行方不明になってしまうのだ。
彼らはよく水辺に向かって歩いてくのを目撃されていたので、当初は誤って川や湖、海などに転落したのだと思われていた。
…だが、真相は全く違っていたのだ。
このウイルスによる奇行について徹底的に調査を行った非営利団体によって真実は暴かれることとなる。
ゴルディオデアによる夜の徘徊者は水に落ちるのではない…。
空に吸い上げられるのだ。
証拠となる映像が残っていなかったら誰も信じていなかっただろう。
それは高画質ハイビジョンで撮影された映像だった。専門家によってAI等で生成編集されたものではないことが証明されている。
それはとある感染者のAさんが夜中にフラフラと川に向かって歩いている映像だった。
これ以上は危険と判断したスタッフがAさんに近寄ったその瞬間、Aさんだけがまるで下手くそに編集されたようにパッと消えてしまうのだ。
居合わせたスタッフも実際にAさんが消えるところを目撃していて、それはまるで本当に、大昔の特撮映像のように、目の前から瞬間的にパッと消えたのだと全員が証言している。
この動画は、最大フレームレートで撮影されていたので、すぐさまコマ送りで確認がされ、そして人類は驚愕の事実を知ることとなった。
その映像には上から巨大なストローのようなものが伸びて来てAさんを吸い上げる様子が映っていた。
それが目視できないスピードで起こっていて、我々には瞬間的にAさんが消えてしまったかのように見えていたのだ。
これが何であるのか当時の人類には知る術もなかったのだが、人知を超える何かが起こっているとの判断がなされ、全世界で夜間の外出が禁止された。
とにかく感染者が行方不明になるのは夜間に集中していたのだ。
これには当然反発も多かった。
若者を中心に禁止令を無視して夜間に出歩く者が後を絶たず、やむなく各国の政府は夜間に外出したものに重い罰則を与えた。
国によっては死刑を言い渡すケースもあった。
それで意図的に夜に外出するものは激減したものの、ゴルディオデアの症状で抜け出す者たちを抑え込むのは至難の業だった。
どんなに拘束しても、彼らはいつのまにか外に出てしまうのだ。
法律的に夜間の外出を禁止しても、行方不明者は減らなかったし、感染者も減らなかった。
ゴルディオデアのDNA解析は続けられていたが、全くの未知なるウイルスであり、ワクチンの生成は絶望的に難しかった。ゴルディオデアのDNAの配列は人間には解読不能なものだった。
ゴルディオデアは性行為やダイレクトブレインによって感染し、出産時に母子感染もするため、今現在、人類の98%が既に感染していると言われている。
そのうち、発症しているのは13%ほどだ。
ゴルディオデアは38度前後で活発化するので、夏の間に発症し、徘徊行動が顕著になる患者が多く出現する。
それでなくても50度に達する猛暑の夏には、発症がなくても夜間に出歩きたくなる衝動が現われることがある。
その誘惑に耐えるための薬や脳内操作は未だ発見されていないので、僕たちはひたすら衝動に耐えるしかないのだ。
で、いったい空から伸びてくるストローみたいなやつは何なのか…って話だけど…。
民間企業が最大フレームレートで撮影可能な宇宙望遠鏡を打ち上げて調査した結果、どこからこのストローが出て来るのかまでは突き止められている。
宇宙望遠鏡は、何もない大気圏ギリギリの宇宙空間に突如穴があき、そこからストローが伸びて来るのをはっきりと捉えていた。
これが何なのかは未だわかっていない。
ここ数年で一番有力な説は、宇宙人による捕食説だ。
人類の知らない間に太陽系にやってきた地球外知的生命が、我々人類を操作するためにウイルスをバラまきおびき寄せ捕食している…というのだ。
それに対する反論は、そんな技術があるのなら、回りくどいことをしないで、手当たり次第に食べるのでは? というものだった。
僕が今一番納得している説は、宇宙人は地球には来ておらず、異空間からストローを伸ばして人間を吸っているのでは、というものだ。
ウイルスは捕獲する人間の目印にもなっている。そう考えるのが自然だ。
なぜなら、感染による衝動による徘徊でないと捕獲が行われないからだ。
まあ、本当の理由を人類が知ることはないのかもしれない。
あまりに人知を超えている。
さらわれた人たちだって捕食目的はない可能性の方が大きいと僕は思っている。
だったらいっそのことさらってもらった方が人生楽しいかもしれない。
だけど、そうでなかった場合が地獄過ぎて冒険に乗り出す気持ちに至ることはとてもじゃないが僕にはできない。
というわけで、僕はこうしてクーラーを最大に効かせた部屋で布団をかぶって震えている。
何もかも捨て去る勇気も持ち合わせておらず、ただただ滅びゆく人類を嘆いて部屋に閉じこもっている。
…あ、人類がこのウイルスで滅びることはないらしいけど…。
今夜もサイレンが鳴っている。夏の夜に出歩こうとする者たちを戒めるために。
(おしまい)
小牧幸助さんのシロクマ文芸部に参加します。
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