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vol.91モラハラ夫編【東日本大震災】我慢発うつ病行き〜回想録のような備忘録〜


小説(フィクション)全25話⤵️


👓パート勤め

偶々アクセスした就労支援の担当者同士が知り合いだったり、ハローワークの担当者が介護職経験者だったり、女性支援担当者が実妹もお世話になったことがある方だったりと、あれよあれよという間にヘルパー2級(今の介護職員初任者研修)の講座の受講と近隣の介護施設でのパート勤めが始まりました
介護職はやりたくない職業のうちの一つでしたが流れに身を任せているうちにこうなりました


👓東日本大震災

勤め始めて3ヶ月目に東日本大震災が起きました
私は職場の有料老人ホームでご入居者の為に点けていた大きなテレビ画面で知りました
阪神大震災の被災者とはいえ、津波•高波の猛威には現実に起きていることとは思えませんでした
地理的に揺れもせずライフライン等の被害はありませんでしたが、スーパーやドラッグストアの棚から紙製品や関東•東北産の商品が少なくなりました


👓影響

有料老人ホームですから年中無休
天候がどうであろうと災害が起ころうと、入居している人がいらっしゃる限り仕事です
夫Hには「絶対に大丈夫」と嘯いてからのリーマンショック、少し癒えてからの震災と大きな試練になりました。
Hの出張先は各地の百貨店です
外商が担当するような富裕層が顧客ですが、震災後には大規模な買い控えが起こりました
売約済み商品をキャンセルする方もありました
高額商品を扱っているだけに1件1件のキャンセルがHにとっては大打撃です
仕事をすればするほど、経費と労力でマイナスになって行きました


👓滞納

管理会社からの連絡でHがまた家賃を滞納していることを知りました
カード会社からの連絡でまたカードローンを利用していることを知りました
NHKから委託職員の訪問があり受信料を払っていないことを知りました
受話器を上げても音がせず電話料金が引き落とせていないことを知りました
リーマンショック時の再来のようです
Hが一時帰宅したときに「本音でお金の話をしませんか」と持ちかけたら、返ってきた言葉は「クッソー、そっちの方が先だったのか」でした
有り金を掻き集め売り上げを集金し引き落としの順番にその都度入金するつもりだったのに、入金日を失念したという言い訳でした


👓恥

Hが話してくれないので、借金や滞納の全貌は知りません
私なら家族に相談せずに借金したり期日に払わないのは「恥ずかしい」と思いますが、Hにとっては妻にお金の話をする方が余程「恥ずかしい」「カッコ悪い」ことなのです
Hのプライドです
以前にも「夢やプライドではご飯は食べられません」と伝えたことがありますが、Hの思いは覆りません
私が仕事をしていることは話していませんが(目的がHからの経済的自立なので)、他所から借りたり利子や延滞料を払うくらいなら事前に相談してほしいと頼み「わかった」という返事を引き出しました
相談されることは一度もありませんでしたが


👓閉店

日常品を扱うスーパーとは違い、贅沢品を扱う百貨店は売り上げが大きく落ち込みました
Hと付き合いのある百貨店も例外ではありません
売り場の縮小や閉鎖が相次ぎました
その後の何年間かで、売り場どころか閉店した百貨店もありました
Hが独立するときに「力になる」と言ってくれた人達の多くは百貨店の社員です
力になってくれるどころか、その人達の職場がなくなってしまったのです


👓義父

出張先のHから「義父が亡くなった。通夜、告別式に合わせて帰宅する」と連絡がありました
Hの礼服のカバーを外しブラシをかけ、ポケットに数珠を入れて掛けておきました
日程の連絡を受け、娘と息子達、実家の両親に連絡しました
通夜式の日は仕事を早退し、娘、息子達と一緒に出かけ、お寺の最寄駅で両親と待ち合わせをしました


👓挨拶

先に着いていたHは、予想通り八面六臂の大活躍、義母や親戚から賞賛を受けていました
Hは私達に気付くと、私の両親に丁寧過ぎるほどの挨拶をしました
自宅での姿を知っている子ども達と私は、すっかり白けてしまいました
次に娘に向かって周囲が振り向くような大きな声で「由美ちゃん(仮名)来てくれたのか。忙しいのに有難うな」と言いながら満面の笑みを見せました
由美の表情は固まっています
自宅では「由美ちゃん」どころか呼び捨てですら名前を呼ぶことはありませんし、由美から父親に話しかけることもありませんから


👓義母

「麻ちゃん(仮名。私)、おとうさんが生きている間に会いに来てくれたら良かったのに」
親戚達が揃って着席している通夜振る舞いの席で義母が言いました
どう返事をすれば良いのか判らない私は、黙って下を向いてしまいました
お義母さん、私はあなたの息子さんからお義父さんが亡くなったことしか聞いていないのですよ
ガンで入院していたことは、この場に着いてから知ったのですよ
未だに何のガンだったのかも何処の病院に入院していたのかも知らないのですよ
私のことを「鬼嫁」だと思っていらっしゃることでしょうね
息子さんがお義母さんに私のことをどう伝えているのか知りません
でもね、大勢の親戚の前で言われる気持ちを考えたことはありますか?


👓帰り道

義父の傍に居るというHを残し、帰路に着きました
両親と別れた後は、喪服を着ているというのにケラケラと笑いながら帰ったことを覚えています
何がそんなに楽しかったのか、途中でホールケーキまで買ってしまいました
娘、息子達に義父の病気のことを知っていたのか訊いてみました
「病院にお見舞いに行ってやってほしいってお父さんから頼まれたことがあるよ
(父親のことが嫌いなのに)何でわざわざ休みの日を潰して行かないといけないのかと思って行かなかった」と言うではありませんか
子ども達はHから口止めをされていたのですね


👓ロールモデル

Hが自分の家庭の中で上手く位置取りができないのは、「父」「夫」というロールモデルがないからではないかと思うことがあります
逆に反面教師も居ないのだと思います
毎日義父の帰りが遅く、休みが学校と合わない
旅行はいつも義父抜きで義母•義姉と友人家族と一緒
義父は口数が少なく大人しい人で、一緒に遊んだ覚えもないそうです
Hが大人になった頃には大人同士の付き合いというよりは、年齢を理由に(義父は晩婚で既におじいさんのようでした)Hに庇護されているような状況でした
もしHが本を読む人だったなら、文字の中からモデルを構築することができたのかも知れませんが


👓ご愁傷様

翌日は普通に出勤しました
「長男の嫁なのに休まなくて良いのか?」と言う職員も居ましたが、私が居ても役には立ちません
Hからすれば邪魔者ですから
小説には「谷川課長」として書きましたが、私をサンドバッグのように虐めていた上司からは「あ〜ら前田さん(仮名)、もう出て来ていいのぉ〜?この度はご愁傷様でしたっ‼︎救急搬送だったのぉ⁉︎」とキラッキラッの笑顔で言われました
休んだら休んだで何を言われるか判りません


👓中退

長男が通う大学から三者面談の呼び出しがありました
大学生にもなって?です
進級が危ういけれど今からなら挽回できるからと出席や単位のアドバイスを受けました
結果は留年、休学、復学、退学です
その時々に長男なりの思いはあったのでしょうが、筋道を立てて説明するのは苦手です
Hは長男の心情には触れず「アイツにいくら(お金を)使ったと思ってるんだ
金返せよっ‼︎」と激昂しました
節目で相談できる間柄なら良かったのですが「アイツ」呼ばわりする父親では無理だったでしょう


vol.92に続く


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