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工場見学|浮世を離れ型を破った職人の凄味。工場の祭典レポ

 世のニーズなんて気にしてたらきっと生まれなかった。浮世の些事に目をくれず、型を破った職人が生み出した技術はたぶん多い。
 新潟県の中部、燕市・三条市で開催されるオープンファクトリーイベント「工場の祭典」で、金属加工を中心としたさまざまな工房を訪れ、職人さんのお話しを聞くことができました。「職人」とは、仕事上の役割ではなくて、仕事への向き合い方のことなのかも。

オープンファクトリーと工場の祭典

 新潟県燕市と三条市には金属加工業が集積。両市の工房・工場が一般の見学者を受け入れるイベント「工場こうば祭典さいてん」を2013年から開催。日本のオープンファクトリーの先駆けです。

燕三条駅に設置された、イベントの受付となるコーナー。
キービジュアルのピンクのシマシマが目立つしかわいい。

 今年(2022年)は10/7(金)~10/9(日)開催。私は8日と9日に参加してきました。なお、7日は、福井のオープンファクトリーイベント「RENEWリニュ―」に参加しました。

8日(土):バスツアー

 初参加なので気合をいれて、バスツアーを予約。Limited KOUBA Tours。このツアーでしか入れない3箇所の工房に連れて行ってもらいました。しかも職人になりたくてわざわざ県外から移住してきた20代の若き職人の方々を巡る旅だったのですが、どこも濃厚。

三条製作所(和剃刀)

 伝統芸能の方々やこだわりをもった床屋が今なお使う、和剃刀。

鉄の地に鋼をつけ、形を仕上げていきます(左から順に、加工の工程)。
炉のある部屋の入口に、注連縄
炉の温度は1000℃ぐらい。熱して鍛造する。
温めた鉄と鋼を叩き、溶着させる。
成型のためプレスする
丁寧に時間をかけて、砥石で研ぐ

 出来上がった和剃刀に髪の毛をすっとあてると、パラパラと切れていく切れ味。一人の職人さんが鋼を融着させるところから仕上げまで行うので、業物わざものの存在感。
 若き職人さんは、10才のときに刀鍛冶を目指すことを決め、今があると。

ハンドパン

 2000年に生まれたばかりの新しい楽器。不思議な音色なので、まずは聞いてほしい。

 この音を奏でている方が、ハンドパン職人。ハンドパンが作りたい、と燕三条に移住し、鍛金職人に弟子入りし、金属加工の技術を学びながら制作しています。日本でハンドパンを作っているのはここだけらしい。

金属の円盤を、水圧で膨らませていきます。
10分ぐらいで膨らみきったので、水圧解放。水の圧力だけできれいに曲げられて面白い。金属加工に詳しそうな他の参加者の方たちも興味深そうに見ていました。
音色を決めるくぼみをつける。
最後の調音。一枚板なので、一か所を叩いて調音すると、他の音も引っ張られて変わるとのことで、全体がいい音になるまで根気強く叩いては確認の繰り返し。
最後に生演奏を聴かせていただきました。

 「ハンドパンの音色と構造が不思議で、どうしても自分で作りたかった」と素朴な好奇心で、国内で制作実績のなかった楽器を手探りで4年作り続けている。静かな狂気。

煙管

 最後に訪れたのは、煙管きせる職人さんの家。そう、時代劇でちょとやんちゃな若者が持ってるやつ。

このあたりの道路は融雪のためにまく水の影響で赤いらしい。金属加工のまちっぽさがあっていい。
自宅兼工房。まわりも金属加工の工場が多いので、平日は加工する様々な音が聞こえてくるらしい。職人の町だ。
板をこつこつと丸めて煙管にしていく。これは「羅宇らう煙管」。一本の金属の管になっているものは、「延べのべ煙管」
コツコツコツコツと叩いて形を作っていく。このやり方をYoutubeみて、自分でできそう、と考えて作り始めたそう。思わずツアー参加者一同、どよめいた。
これが延べ煙管。合金で模様をつくっているとのこと。とても美しい。
もう一本、作品として作られた煙管。
ビンテージを集めた煙管コレクション。通し番号がふられていました。ここにあるのはコレクションの一部らしい。様々なデザイン、サイズがある。

 普通の紙たばこから、煙管ユーザーになり、Youtubeをみながら独学で煙管づくりを始め、そして職人として極めるために新潟に移住…。たんたんとお話しになるけど、真似のできない意外性に富む判断と行動力。

 初日から、とても濃密な経験でした。3名の職人さんはみな、説明してくれる姿は親しみやすい爽やかな青年ですが、会話のなかにちらほらといい狂気を感じました。誰にでもできることではない。

帰り道、虹が。

8日(土)夜:燕市産業史記念館

期間限定で夜間開館

 バスツアーの参加者の方から、「ここは行ったほうが良い」と教えていただきいそいそと。なにがそんなにいいのか、と思っていましたが、ここで一段深く、燕の金属加工の魅力にはまることに。
 明治時代に洋食器を作りだし一大産地となるまでの歴史的経緯や、加工技術の説明、そして素晴らしい職人技の展示…
 そしてここで狂気的な技術に出会います。「鎚起銅器ついきどうきのやかん」と「木目金もくめがね」。翌日訪れた玉川堂さんで詳しく見ることができました。

9日(日):自由見学

 この日は自由見学。行き当たりばったりでしたが、車で工房を3社(4工場)巡りました。

サクライ

 スプーン、フォークなどのカトラリーをつくる工場。平たい金属板をくりぬき、徐々に鍛造でカーブをつけてそれぞれの形に仕上げます。
 もう完成したかと思いきや、となりの工場で徹底的に磨き上げます。

ぴっかぴか。これはオリンピックの選手村で使用されたカトラリー。ちょうどこれをデザインされた方から説明いただきました。頭の大きさ、重さや分厚さも計算されてる。
スプーン磨き機。メリーゴーランドのようにぐるりと回転しながら、角度や研磨剤を変えて9工程で磨き上げられる。高級品はそれをさらに2周させたり。
日本でこの機械を動かしているのはここだけ
工場長が一人でこの大きな機械を動かす
左がBefore、右がAfter。光り方と色が全然違う。

 スプーンの良し悪しは側面を見よ!安いものだと磨かれていない。サクライさんは機械磨きと手磨きを組み合わせて、全ての面をぴかぴかにする。静岡に戻ってから、百円均一ショップで売られてるスプーンの側面を眺めたら、たしかにざらざらだった。

玉川堂

 200年の歴史をもつ、鎚起銅器ついきどうきの技術を牽引してきた工房。前夜に訪れた燕市産業史料館の2階の職人コーナーの半分は玉川さんだった(体感)。まさしく職人の極み。前日史料館で知って恐れおののいた銅板の加工を生で見れるのかと、どきどきわくわくしながら訪れました。

料亭かと思いました(お店です)
格式の高さにおそれいってずっと正座してた
フォルムがかわいい。
まだこれは、1枚の板を叩いてこの形になったんだなぁ、と信じられる。

 こちらが、狂気のやかん。一枚の銅板からたたき出して注ぎ口も作られている。普通は注ぎ口と胴体を分けて作って熔接するのに。

注ぎ口ふくめ、胴体は1枚の板でできている。継ぎ目がない。

 そしてもうひとつの狂気的な超絶技巧。

木目金の花瓶。人間国宝・玉川宣夫氏の作品。

 言葉で説明が難しいのだけど、20枚の銀や銅など異なる金属板を重ねて融着させ(この工程が一番難しいそう)、それを上から何度もたたいて板状に伸ばし、そこから削りこむことで跡が木目のように。成型すると美しい模様が浮かぶ。

この模様は、金属の断層。玉川堂さんではガラスケースなく触れられる距離感で飾られています。(怖くて触れられませんが)

 前日に史料館へいって予習していてほんとによかった。
 お店で美しい作品をたっぷり見たり、木目金の説明を改めてお聞きしているうちに、工房見学の時間に。ついに、鎚起銅器の現場がみられる。

工房。ここかぁ!となった。2面窓で採光よし。
一人ずつこの作業台に座り、カンカンカンカンと銅を叩いて形作っていく。思っていたより振るう手は軽い。力任せにたたきつけてはダメなんでしょう。
何度も叩いていると銅が固くなるので、熱して緩める。

 そして、これが狂気のやかんの、口打ち出しくちうちだしの工程。これですよ…。

左端まではまだ理解できるのですが、そっからがぶっ飛んでる。
一気にやかんっぽくなります。どうなってるんだ。

 この口打ち出し技術は、100年前、鍛金技術のさらなる高みを求めて編み出されたそう。機能的な要求ではなく、あくまで技術的な探求。登山家に通じるようなストイックな精神世界。しびれますね。

金属の着色技術も唯一無二。

 すでにもう一度訪問したくなっています。GINZA SIXに直営店がはいっているそうなので、今度東京にいくときに寄りたい。

タダフサ

 三軒目には、包丁をつくる工場へ。これまでにない実用的かつ革新的なデザインのパン切り包丁を生み出したタダフサさん。

一番の職人さんが鍛造する姿を見せていただきました。まずは熱する。
ガンガンガンと大きな音とともに鍛造機がハンマーを打ち下ろす。打ち下ろす力加減やタイミングはペダルで職人がコントロール。
一言も発さず、一本打ち終わると去って行った。かっこいい。
型抜き
オーダーが入るまで休眠させる。錆びないように溶液につけて保管。
研ぐ。ここだけでなく、後ろにも何回もの研ぎの工程がある。ここで切れ味がでる。

 前日にみた和剃刀は一人が仕上げていましたが、こちらは分業制。それぞれの工程に専門の職人さんたちがいました。社長自身も研ぐ工程に立たれることもあるんだとか。
 これだけ丁寧に仕上げたらすごい切れ味だろうな、とどきどきしながら工場横のショップへ。話題のパン切りを購入。パンを切るのが楽しみになる包丁です。


新しい熱を生む、工場の祭典

 この二日間ですっかり金属加工技術と職人のとりこになりました。 あまりの情報量に、当日中にnoteに仕上げるはずが、遅くなってしまった。本当はもっと書きたいことがたくさんありますが、長くなったのでまずはここまで。

 工場の祭典に参加して、物の価値をしれる体験は消費者として幸福なことだと確信しています。職人たちの静かな狂気は、オープンファクトリーをきっかけに、地域と工場と人が繋がり、新しい熱へ


10/31追記)工場の祭典様、Red Dot Design Awardのグランプリ受賞おめでとうございます!



 過去にも、ものづくりや製造業について書いております。製鉄業の現場エンジニアだった父の影響を受けて育ったため、現場への憧れが強いのです…。

去年、ものの価値を考えなおした結果、南部鉄器を買いました。

 静岡に来てからは仕事で工場を訪れる機会も増え、そもそも都内で働いていたときの常識は極めて狭い世界だった、と痛感した経験です。


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