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ショートショートストーリーズ

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お昼休み、お弁当を食べながら読もう!とっても短い物語「ショートショートストーリーズ」。SFからホラーから童話まで。
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記事一覧

悪魔

久子はその手紙を手に取り、思わず口を押さえていた。
アイボリー色の便箋に、赤い文字。
その内容は、娘・涼香への憎悪で溢れていた。

死ね。
おまえなんか死ね。
殺す。
ぶっ殺す。
八つ裂きにする。
ナイフで、包丁で、切り刻む。
チェーンソーで首を切り落とす。
ビール瓶で頭を叩き割る。
目をえぐる。
鼻を削ぐ。
唇を噛み砕き、舌を切り落とす。

そこまで読んで、久子は目を伏せた。

「これ書いたの、

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2度目のブラックジャック

自動ドアが開いた瞬間、ロビーにいた皆の視線がその男に注がれた。
全身黒ずくめ。顔には深い傷。
皆、口々に噂をし始めた。
あれが、ブラックジャック——————。



数時間前に、この病院には瀕死の重傷を負った少年が運び込まれていた。
母親はロビーで涙を流しながらうなだれていた。
彼女は、ブラックジャックの姿を見つけるやいなや、彼に駆け寄りすがりついた。
「お願いです、私の息子を助けてください!」

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わたしの記憶

わたしの記憶には、わたしが登場する。

わたしは、ひょっとするとわたしではないのかもしれない。

バイナリの子ども

「バイナリの子ども裁判」は日本裁判史上における最大の事件となった。生命とはなにか。まさにその命題が問われた裁判だったからである。

事件の発端は、九州のとある区役所で提出された一通の出生届けだった。夫:多田一也、妻:道子。ともに30歳になる二人の間に出来た、待望の子ども、ハルカ。この出生届けには不備があった。母子健康手帳である。「産院で受け取っているはずですから、必ず提出してください」担当に当たっ

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逆転無罪

S氏の罪状は次のとおりである。アメリカ人男性ばかりを狙って殺害。殺した人数は25人に上る。余罪は不明。

S氏は罪を全面的に認めた。即座に判決が下る。一審判決は、死刑。

S氏側の弁護士は即刻控訴。しかし、二審判決も死刑。

S氏側弁護士、またも控訴。判決は最高裁へ。

最高裁の判決は、逆転無罪だった。

最高裁で判決が下ったその日、日本とアメリカは戦争に突入したのだ。

人殺しから、英雄へ。S氏

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夜間飛行

京子は布団から起き上がると、あらかじめ開けておいたドアをすり抜けてベランダに出た。それから、胸元まである手摺りを乗り越えて、下を眺めた。京子の部屋はマンションの11階にある。何度見てもこの高さは怖い。こども公園の滑り台が、まるでなにかの文房具に見える。
部屋を振り返った京子は、寝ている自分の姿を確認した。よし。今日はきちんと布団をかぶっている。この前は寝相が悪くて布団がベッドから落ちてしまっていた

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ダイエット

今年に入って、地球では様々な異変が起きていた。あるところでは大洪水が発生し、あるところでは干ばつが発生した。あるところでは大地震が起き、ある所では大型台風が街を襲った。度重なる異常気象に科学者を始めとする専門家たちも頭を抱えていた。これは環境破壊を止めない人類に対する警告なのではないか。一部の市民たちは騒ぎだしていた。そして、ここ日本にも、頭を抱えている女子高生がいた。

嘘でしょ、と良子は思った

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おため死、できます

「すみません、私に命を預けていただけませんか?」

玄関を開けて入ってきたのは、いかにもあやしい黒スーツの男だった。悪質なセールスマンに見えなくもない。この部屋の主、時田朝子に対して、男はさらに続けた。

「私、死神なんです。あなた今、死にたいって思ってましたよね?」

そう言われて、朝子は固まった。たしかに、わたしは今そんなことを考えていた。開いたままのベランダから入ってくる風を背中に感じながら

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匂い

妊娠が分かってからというもの、妻は匂いに敏感だ。話には聞いていたが、実際に夫の立場になってみると辛いものがある。妻は私が家にいるだけで顔をしかめるようになった。そしてただ臭いと言うのだった。

仕事から帰ると、真っ先に風呂に入る。スーツはクローゼットにしまい、消臭剤をかける。下着は洗濯機に入れ蓋をする。それでも、匂いが部屋に残るのだ、と妻は言う。妻は私とは食事すらできないと言い、部屋にこもるように

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最後の漫画家

とある国の、とある都会の片隅。
そこに、朽ち果てたゴミ捨て場がある。
砂埃が舞い、ゴミ捨て場を囲うフェンスにはビニールや紙くずがまとわりついている。
そのフェンスに寄りかかるようにして、ホームレスが一人倒れている。
髪も髭もぼさぼさ。洋服はところどころ穴が開いている。
眼鏡にはひびが入り、薄汚れている。片手には、酒の瓶が握られている。
その男の前に、黒塗りの大きな車が止まった。
降りてきた黒服の大

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灯台の巨人

どこまでも続く水平線を、うろこ雲が覆っている。
そのうろこ雲を赤く染めるように、夕日が世界に光をばらまいていた。

海を渡る鳥が3羽、こちらに向かって飛んでくる。
鳥たちの向かう先に、大きな島があった。広い広い海の真ん中で、孤独に佇む島。
この島には村人30人ほどの小さな集落があった。
そして、そこにマルという青年が住んでいた。
マルは精悍な男性で、村の漁師連中を束ねていた。



マルが漁から

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星ひろい

星と言っても、あなたの知っている星とはちょっと違う。
この町に降ってくる星は、電球の形をしているのだ。
電気の切れた星は、夜という基盤から剥がれ落ち、この町を目がけて落ちてくる。

町の中心に、何軒かの家が立っている。交差点の中心にダイナーがある。
陽が暮れ、仕事から帰ってきた男たちをこの店が受け入れる。
安い酒に、うまい料理。中にはビリヤード台やテレビもある。
ここは、この町唯一の憩いの場所なの

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理想のあなた

妻が自宅のマンションで襲われた。

現在、意識不明の重体。
防犯カメラには犯人の姿が鮮明に映っていた。

短く刈り上げた髪。丸い顔。メタボの腹。
紺色のスーツに、ボーダーのネクタイ。
黒い革靴は履きつぶして光沢を失っている。
犯人はどこからどう見ても、夫のこの俺だ。

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3日間、俺は警察署に拘束された。そして執拗な事情聴取を受けた。
しかし、俺には完璧なアリバイがあった。妻が襲われた

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マキオの首

「最近、首が伸びてきたんじゃないの?」とアカリが言った。

マキオとアカリは、都内の進学校に通う高校三年生だ。受験を控え、日々勉強に追われている。学校の昼休みは二人が気を抜くことのできる唯一の時間だった。二人は誰もいない屋上で静かに唇を交わしていた。

「そんなわけないだろ」

少し笑いながらマキオは言った。確かに身長は去年より4センチほど伸びていた。現在178センチ。もしかしたら、もっと伸びるの

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