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読書記録

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本についてとことん語ります。
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記事一覧

世界で一番美しい物語|『遠い唇』

世界で一番美しい物語|『遠い唇』

北村薫
角川文庫(2019年11月21日発売)

 わたしの人生もまた、物語のひとつである。
 いつからだろう。自分の物語において、己の注意は今読んでいるそのパートや、以前にあった伏線などをすっ飛ばすようにして、そのストーリーの続き、あるいは結末にばかり目を向けてしまうようになった。しかも、それだけではない。わたしは大体のそのまだ見ぬ結末に対して、ある一定の希望や絶望を前もって準備をしておいて、そ

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借り物ではない信念|『みかづき』

借り物ではない信念|『みかづき』

森絵都
集英社 (2016年9月5日発行)

 教育とは。読み進めていく中でこのどストレートな主題が常に傍にあり、自分のこれまでと将来の自分の子孫について、深く考えさせられる600項だった。

 これまでの26年間の人生を振り返って思うに、教育とは2つの側面を持っているような気がする。
 1つは、教育は自分の道を切り拓く際の道具となるということ。良くも悪くも学歴至上の考え方が今も蔓延る日本社会では

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古くてあたらしい生き方|『西の魔女が死んだ』

古くてあたらしい生き方|『西の魔女が死んだ』

梨木香歩
新潮社 (2001年8月1日発売)

 今日のお昼はサンドイッチを食べよう。
 そう考えながら、パンを焼いてバターを塗り、鶏の飼育小屋へ行って卵を拾い、なめくじ付きの庭のレタスをひとたま抱える。香り付けに、摘んできたばかりのキンレンカの葉も数枚挟んで出来上がり。
 そんな暮らしは、なんて真新しく、鮮やかなのだろう。

 私たちが幸せに生きるために、本当に必要なものは何か。私たちの人生にと

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万物一つ一つと向き合う|『ひとり暮らし』

万物一つ一つと向き合う|『ひとり暮らし』

谷川俊太郎
新潮社 (2010年1月28日発売)

 詩人、谷川俊太郎のエッセイ集。
 父や母、恋や死、ライフ・スタイルなど何気ない日々の事象をテーマに語る。

 日常生活の中で、常に身近にあるもの。空、人、靴、コーヒー、イヤリング、鉛筆。わたしはそのそれぞれと、きちんと向き合ったことがあるだろうか。
 世の中に在る万物の中の一つ一つではあるが、わたしに自分の意識とは別に、それらと向き合うきっかけ

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語り手と受け手の信頼関係|『ホワイトラビット』

語り手と受け手の信頼関係|『ホワイトラビット』

伊坂幸太郎 新潮社 (2020年7月1日発売)

 決して騙されるな。何度そう言われても、騙されただろう。

 読了後の後味がどこか苦いのは、どこかのマジシャンのように今からあなたを欺いて見せますよ、という声には出さないそのお決まりの前置きがなかったからだろう。
 読み手として、物語の受け手として、心の準備ができていない。

 書き手と読み手。フィクション小説の世界において、これまでは評価される立

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対等でいること|『レインツリーの国』

対等でいること|『レインツリーの国』

有川浩
新潮社 (2009年6月27日発売)

 優しさとは何だろうか。
 これまでわたしは、優しさとは強さ、そう思っていた。その考えをここで否定しようとは思わない。ただ、優しさとは強さだけじゃない。すべての人と、対等でいること。それも優しさの一つなのではないか。そう考えるようになった。

 ひとみに向き合う伸行の姿勢に、自分を投影する。
 わたしだったら、こんな風に真正面からぶつかることができる

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大人になるということ|『医学のたまご』

大人になるということ|『医学のたまご』

『医学のたまご』海堂尊 理論社 (2008年1月17日発売)

 物語にはいつも、「正しさ」を求めてしまう。正直者が報われないストーリーの本なんて、読みたくない。悪者が得をして、その後一生を辿る映画なんて、見たところで何を得られるだろう。
 もちろんわかっている。現実はそう甘くはない、と。現実世界では、そのような絶対的悪を抱えた人間は、一生やり過ごしながら逃げ切れる術を持っている、と。
 たとえそ

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まぼろしの東京|『あのこは貴族』

まぼろしの東京|『あのこは貴族』

山内マリコ 集英社 (2019年5月17日発売)

 東京ってどんな街? その問いに対する答えは無限にあるだろう。ただ、その答えに、「自由な街」「不可能がない街」「きらきらした街」といった一見親しみやすくて、ポジティブな要素を込めた人はみな、アウトサイダーなのかもしれない。
 東京育ちのお嬢様と田舎出身のOLが、東京を舞台に交わる物語。それぞれが、同じ「東京」の話をして、同じ景色を見ているはずなの

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ひと夏の奮闘記|『君が僕を走らせる』

ひと夏の奮闘記|『君が僕を走らせる』

『君が夏を走らせる』瀬尾まいこ 新潮社 (2017年7月31日発売)

 子どもとは、なんとも不思議な生き物だ。あまりに未知過ぎて、かつて自分がまさにそんな存在だったなんて、信じられないくらいだ。
 彼らは、嫌だったら泣く。嬉しかったら笑う。好きだったらやる。
 わたしと一緒にいて果たして今楽しいのだろうか、とか、本当は心の奥底でどう思っているんだろうか、とか、共に過ごす時間の中で、そんな不安を覚

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summer2020|課題図書30選

summer2020|課題図書30選

 とうとう、この季節がやってきた。胸が高鳴る。

 各出版社がまとめた「夏のおすすめ本」のミニ冊子が書店に並び始めると、途端に夏が走り出す気がするのは、わたしだけだろうか。

 出遅れたわたしは、置いていかないで、と必死に追いかける。

 クーラーの下で、清々しいほど泥臭い青春物語に爽やかな汗をかくも良し。暑すぎて目が覚めた朝、さらっと旅行気分で別世界を覗くも良し。花火の眩い光がまぶたの裏から消え

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