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泣きたい夜もあるけれど、泣けない夜もあってもいいよ。

緑色とカーキー色の丈夫なplayerのエコバッグの中の方で

ある日音がした。

きゅーきゅーと何かが、鳴いているような音。

家に帰って、野菜を冷蔵庫のボックスに詰めながら、鳴いていたらしい
正体がわかった。

ハマグリだった。

今年の春頃のことだ。

パックに詰められた淡い縞模様の柄を背負った閉じられた貝の口が、
ぴっちぴちのラップの中で、声を放っていた。

飲み込んだ砂を吐き出しているのか、その声は、そのままの姿のまま
いつまでも、鳴かせておきたいぐらいきゅんとした小声だった。

それって、

何かを誰かが吐露している時に、一緒に泣きたい気分になるのと似て
いるのかもしれないと、パックを手にしたまま、カーペットの上に座
り込んでいた。

あの人の泣きたい理由はもう、辿れないぐらい山積みしているらしいと、
聞かされて。

どうすることもできなくて。

そして思った。

虫も鳴くし、枯葉も泣く。

砂も鳴くし、スリッパも泣く。

人も泣くし、猫も鳴く。

鍋にハマグリを、がらがらがらと沈めて。

塩もたっぷり入れてひたひたに水を張った。

ハマグリがうっかり、ここは海だとだまされるように。

濃度を海の潮と同じにしてみる。

たちまち、気泡をぷかぷか浮かべながら、きゅうきゅうと鳴きだした。

さっきよりも、もっと畳みかけるような感じで吐露しだすのだ。

そしてふたたび。

うっかりだまされるように。
海の暗さに似せるため、鍋全体に新聞紙を巻き付けて、なべに蓋をしな
きゃいけないのに。

ついついその口々にのぼる、言葉めいたはまぐりのそれぞれが発して
いる鳴き声みたいな音に、耳を傾けてしまいたくなる。

海の中で泳ぐたゆたうでもなくひしめきあっている、それぞれが発して
いる音に蓋をして訪れる静寂。

あんな春の夜もあったなって思い出す。

あの日の気持ちって、どういうんだったろうって思い返す。

あの日の気持ちに似ている気持ちを昨日味わった。

こういう気持ちを最近何かで読んだ気がしてくる。

気がしてくるときはぜったい読んでいるのだ。本棚に走った。

目的を持った意志を掲げたひとのように。

何処かの国の子供が泣きそうになっていて、そんな状態のときにその子は、

「泣きたい」っていったんじゃなくて、「涙がしたい」っていうのを、

聞いたことがあるって、フェルナンド・ペソアという詩人が綴っている
文章だった。

「涙がしたい」って言葉を、どこかの国の子供が発した時っていうエッセイを読んだとき、なんてこまっしゃくれてるんだと、正直いじわるな思いでいたけど。

でも、

くやしいかなそのニュアンスは、

雲のようにそのことばのままこっちの気持ちのまま揺れているし

すこし衝撃をもって伝わってきたので覚えていた。

この間、こどもが泣きながら道をあるいていた。

ただただ、ひとりうつむいて歩みはとめずにないていた。

立ち止まらずに歩いているその女の子をみながら、ちゃんと泣くって
いうのは、こどもであることの証かもしれないなって思った。

小さい頃、泣いて帰ってくると。

喧嘩して負けて来たと思った母は、

もういちど、勝ってから帰ってきなさいと家に入れてもらえないことが、
あった。

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家に入れないことのほうが悲しくて。

負かされた相手をみつけるうちに迷子になって。

挙句の果て、じぶんの家までわからなくなって、結局泣きながら、ぼろぼろずたずたの心のまま我が家にたどり着いたことなどを、ほんとばかだったなって思い出したりする。

昨日の深夜に、彼女が言った。

「泣きたいのに泣けないんだよ」って言葉は、

ちょっとわたしの中にもずっとしとしとと残っていて。

その理由の根っこに何があるのかは、よくわからなかったけれど。

あの春の日。

ハマグリたちの吐露する声を聴いた時と似ていた。

カーペットにぺたんと座り込んだあの日ととても似ていた。

なみだがしたい

ほんとうに

なみだがしたい

わけもなく

今日も長いひとりごとにお付き合いいただきありがとうございました!

#聞きながら書いてみた

GARNET CROW の 泣けない夜も泣かない夜もです♬

♬どうぞお聞きくださいませ♬ 

最果ての こころがそっと 佇みながら
ふいうちに 誰かの胸で 泣きたくなって



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