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それでも、「ミステリー!」と呼んでみたくて。

第一行目から、きっとミステリーは

始まっている、たぶん。

冒頭は、まだ何も始まってないん

だろうって高を括っていると

かなり手痛い目にあう。

少なくともわたしの好きなこの小説は、

はじまりから波打つように文章が、

謎めいていた。

ミステリーの定義は、

神の隠された秘密、人智では計り知れないことを指している。
漢字表現に置き換える場合は「神秘」や、あるいは「不思議(不可思議)」が当てられる。

Wikipediaより。

らしいけど。

冒頭は、なにげない夢の話からはじまるので

少しだけ油断していた。

そこに「押絵と旅する男」というキーワードが

出てきてまだまだ余裕で読んでいたら、

その数行後はかなりぶっとんでいて好きに

なってしまった。

主人公の「私」のある暖かい薄曇った日の

ことで。

わざわざ魚津へ蜃気楼を見に出掛けた帰り路の

電車の中でみかけた、風景であることを

告げていた。

そして、次の行が、たまらなくクレージー。

 私がこの話をすると、お前は魚津なんかへ行ったことは
ないじゃないかと、親しい友達に突っ込まれることがある。
 そういわれてみると、私はいつの幾日に魚津へ行ったのだと、
ハッキリ証拠を示すことができぬ。

「押絵と旅する男」より。

う、行ってないんかい!

と、友人のように突っ込みたくなるけれど。

彼はまぎれもなくそれをみたのだ。

それって。

イット。

あの映画みたいだ。

これです。


彼は蜃気楼にそそのかされるかのように

その帰りの汽車の中で、それをみる。

親不知の断崖を通過するあたり、夕闇迫る頃、

とある乗客者に目が留まる。

40代にも60代に「西洋の魔術師」にも

みえる男の人の持ち物を見てしまうのだ。

その男の人が汽車の窓辺に立てかけたそれは、

額だった。

彼のその様子をみたときの描写が、またもや

クレージー。

 私はついには、産毛の先までもこわさにみちて、
たまらくなって、突然立ち上がる

そして、「西洋の魔術師」が持っているらしい

それをみてしまう羽目になる。

あ、みないほうがいいやつちゃうのって

思いながらも、読者としてはこわいもの

みたさにつきあうことになる。

種を明かすと、この額のなかには景色が

あって、人がいる。

生きている人と、作り物の人がそこにいる。

二次元じゃない人に恋をした彼と女の人の

二人がこの中で年を重ねて生きてそこにいた。

部屋の背景は粗雑なのに、彼らの顔は精巧に

こしらえられている。

まるで押絵のように。

明治20年代頃、かつて浅草に12階建ての建物

「凌雲閣(通称:浅草十二階)」が建った頃。

そこで出会った娘さんと恋に落ちる

「西洋の魔術師」の兄の物語。

失踪物語のようでもあるけれど。

この小説の中にはあの世とこの世をつなぐ

「遠目がね」がひとつのアイテムとして

登場する。

つなぐというよりは、この世に興味を

失ってしまったものたちを、あの世では

ないもうひとつのパラレルワールドのような

世界に送り込むことができるのが「遠目がね」

だった気もする。

生きづらいけれど、この世にさよならするん

じゃない。

どこか呼吸しやすいところで生きたいだけだ

と叫びが聞こえてくる。

この小説を読み終えた後、わたしはあの

蜃気楼にも似た、みてはいけない色鮮やかな

景色を感じてしまう。

そして、好きな絵本作家の方の言葉を思い

出したりする。

「そこに好きなものを入れておくといいよ、自分の
すきなものがわかるから、大きなカゴをひとつ用意
すればいいんだよ」

あの額の中は、生きづらい人たちの唯一の

居場所だとしたなら。

行きどまりがあるから、安心していられる世界

を描いているのかもしれない。

たとえば、器の中が果てしなかったら、どうして

いいかわからなくて、海の中に潜ったみたいな

所在なげな気分に駆られてしまうだろう。

わたしはこの小説をミステリーと定義づけて

いいのか甚だ自信がないけれど。

縦も横も高さも手に触れられるぐらい、

ちゃんと限りのあることを、まっすぐに

求めてしまいたくなることがあることを

思い出していた。

手の届く範囲になにもかもが、収まっている

世界って、いいな。

一行ごとがとてつもなくミステリー。

その言葉のたゆたいこそがミステリーたる

所以だとわがままに定義づけたい。

わたしにとってのやさしいミステリーだった。

そう、それを見たら、終わりじゃなくて

もうひとりの兄との関係がはじまるような

はじまりの物語でもあった。



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