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好きな人に、好きと言えないまま生きて来たような気がするけど。

小さなギャラリーで、青と紫に光る

ちいさな万華鏡を数年前に箱根で買った。

十字架みたいな形をしているそれの横に

やさしくつらぬかれたガラスの棒をくるくる

まわすと、ビーズのような粒や星が、

オリーブオイルに似た色つきのとろんと

した水の中で泳ぎながらおちてゆく。

ダイニングキッチンの灯りの下や

廊下の淡い間接照明の下、

じぶんの部屋のぼんやりした傘の下。

丸くちいさく開いた窓から覗いていると、

花の開花を高速度で垣間見ているような

ふしぎな気持ちに一瞬なる。

おもいっきり咲いては散ってゆく

人工の花。

触れることも飾っておくことも

できないけれど。

のぞんだときにだけ咲いてくれる花。

その花は土の上ではなくて、海のただなかで

咲いているかのようだ。

銀色の星や三日月やビーズよりも細やかな

紫色の粒は、どこかの海に住む名も知らない

生き物の夥しいぐらいのたまごのように

ひとつになって転がるように

ひかっている。

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いつから好きなのかとか
どうして好きなのかとか
そういうことは忘れて
しまったけれど。

いつもそれの存在に気づいては

しらないふりをしていたのだ。

いつ刷り込まれてしまったのか

わからないけれど。

それはとてもあぶないものだと

万華鏡のことを小さい頃

おそれていた。

あれを覗いてしまったら最後

きっとあれにおぼれてしまう

かもしれないと。

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            (dp/792さん作)

きっとこんなにちかづきたくなるのは
それにあやういなにかが潜んでいる
証拠なのだとずっと遠ざけていた。

そんなあこがれが続いていたせいか

わたしは幼い頃ずっと思い違いをしていた

ことがひとつだけあった。

万華鏡はあふれる光の中に翳してみるのでは

なくてどんな闇にあってもきらめいている

ものだと昔おろかな幻想を抱いていたのだ。

映画館みたいに闇のなかでしかみえない

あの甘美な仕組みを再現したもののように

感じていたのかもしれない。

ずっと万華鏡は覗いていなかったのに

夜眠る前に活字に触れた目を癒すように

それをのぞいてみたくなった。

眠りにおちるほんのつかのま闇のなかで

ちかちかと、ちりばめられた光の渦が

残像のようにフラッシュバックする。

万華鏡を覗いたらどこか現実にもどれなく

なるようだと思いながら、

ふいにひとつのことに気づいていた。

わたしは人生の中でほんとうに好きな人に

好きといったことって、たぶんなかった

かもしれないなって。

だからどうだというわけじゃないんだけど。

愛だとか 憎だとかって 仲が良すぎる
夏の夜に 生とか死とか 溶けてゆくだけ

   (dp792さん素敵な画像をありがとうございました)
 

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眠れない夜に

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