七色の色鉛筆とハルヲちゃんの結婚式。
わたしは、結婚しなかったので、たいてい
誰かの結婚式に参列することのほうが、
もちろん多かったけれど。
いちばん、思い出すのは叔父の結婚式だった。
叔父は、ひとりでこつこつとちいさな広告
事務所を経営していた。
そして、かなりの晩婚だった。
晩婚という言葉もまだ知らない頃のわたしは
めんくらった。
叔父はずっとわたしたちのそばにいるものだと
信じて疑わなかった。
けっこんするんや。
けっこんって、もうわたしたちとは、ちがう
場所で暮らしたりすることだよねって。
それだけはわかった。
一番知りたくないことを知った。
時々叔父は、週末や夜遅い時間にわたし
たちの住む家に帰ってくることがあった
ので。
いつも、気が付いたらそこにいてくれる
のが叔父だと思っていた。
いつもいてほしかった理由はちょっとだけ
こどものわたしにとっては切実だった。
父が勉強の特訓に熱がこもっていた時期に
叔父もいっしょに暮していた。
でも父は叔父がいると、やさしかった。
叔父と遅くまで飲んだり話し込んだりして
あの炎の特訓教室みたいな夕方から深夜
までの算数のドリルをひたすら解かされる
というあの時間が、ぽっかりなくなるから
だった。
だから、叔父にはずっといてほしかった。
それだけじゃない。
時々わたしに絵を描いてくれたりして
和ませてくれていた。
こっそり、図画工作の宿題も一緒に描いて
くれたことがあったけど。
あんまりプロの絵なので。
それを下敷きにわたしがへたくそな絵に
仕上げたこともあった。
その時のことは、ここに書いたことがある。
ある日、叔父がくれた七色芯の色鉛筆をなくした
ことがあった。
なくしたんじゃなくて、誰かにそれをぼんちゃん
欲しいって言われて、いやって言えないで
あげちゃったんだろう?
って言われた。
図星だった。
なくしたんじゃなくて、あげちゃったって
叔父に言ったら、ちょっとさびしい顔して
微笑みながらこういった。
「ぼんちゃん、なんでもあげちゃうだろう。友達にちょうだいそれって言われたら。ちゃんと嫌なことは、いやって言える子にならないとね。時間がかかってもいいから。ハルヲちゃんもそうだったから、すごくわかるんだけど」
叔父のことはハルヲちゃんって呼んでいた。
この日のことは今も忘れられない。
ハルヲちゃんとわたしの引っ込み思案は
少し似ていた。
そんなハルヲちゃんが結婚してしまう。
これはわたしがあの七色の色鉛筆をうっかり
クラスの子にあげてしまったからそのせいだと
すこし本気で思っていた。
もう会えないという罰なのかもしれないって。
叔父は奥さんになる人の隣でとてもうれし
そうに笑っていた。
教会の結婚式だったので、はじめにミサが
あった。
ミサのピアノを弾いていたのは偶然にも
わたしの通うクリスチャン系の学校の先輩
だった。
あ、先輩がそこにいるって思いながらわたしは
そのミサ曲「いつくしみふかき」を聞いていた。
これ、学校のお御堂でもよく聞くやつやんって
思ったら、すごく悲しくなってきて。
結婚式なのに、なんでこんなに悲しいんだろうと
教会の長椅子の座席の真ん中でひとり耐えていた。
みんなで庭園で写真撮影するとき、ハルヲちゃんが
わたしの名前を呼んだ。
こっちにおいでって。
わたしはいいよって後ずさったけど、みんなが
行っておいでっていうのでそばに行った。
そしてハルヲちゃんの隣で写真にうつった。
ハルヲちゃんは、笑ってってわたしの顔を
覗いて言った。
でけへんわ~って思いながらも、がんばって
笑ってみた。
その日は、お天気だった。
ライスシャワーを浴びながら、お幸せにって
声を受けながら、その結婚式が終わろうと
していた。
昔小さい頃よくスケッチをしていたハルヲ
ちゃんをみかけていた。
こんな佳き日に、あの日なくした七色の
色鉛筆があればなぁって。
独身最後の日にハルヲちゃんになにか
絵を描いてもらいたかった。
それをずっと持っていたら、ちょっと悲しい
時も乗り越えられるような気がして。
だから嫌なことはいやだって言える子に
なりたいとすごく思った。
わたしが叔父の結婚式を思い出す時なぜか、
クラスの子にうっかりあげてしまった七色の
色鉛筆を思い出してしまう。
いつも、笑える方向を目指しています! 面白いもの書いてゆきますね😊