ハルヲさんのロールキャベツって、手紙みたいだった。
昔、わたしがまだ小学生くらいだった頃、母の暮らす家には母の弟の叔父さんハルヲさんが住んでいた。
ハルヲさんはわたしにとって、お父さんでもない。
なにか友達のような存在だった。
だから、ハルヲさんのことをおじさんではなく、ハルヲちゃんって呼んでいた。
仕事はデザイナーをしていた。
ハルヲさんの事務所に行くと、いろいろな面白い形のオレンジ色の雲形定規や、色とりどりの鉛筆削り。
切り張りするための緑色のピンセット。
駒みたいに、芯のところに太い糸がぐるぐる巻きになっている赤鉛筆。
砂が入ってるみたいなざらざらの灰色の消しゴムなどがあった。
ハルヲさんの職場は、ちいさいわたしにとっては、格好の遊び場だった。
ある日、ハルヲさんが鉛筆をくれた。
それも芯の所が七色になっている虹色の鉛筆だった。
うれしくて、学校の筆箱に入れて持って行った。
それから数日したある日、
わたしは風邪を引いた。
風邪を引いた時には、母は必ずロールキャベツを作ってくれた。
ジャガイモと人参ががゴロゴロ入っている、幾重にもキャベツの葉っぱを巻かれた俵型のひき肉が、スープの中で眠っているあれ。
それをなぜか、風邪を引いた時は、パンダのシチュー皿に入れてくれた。
それは弟とおそろいのお皿で。
お皿の底にはパンダが踊っていて、フレーフレーの旗を振っている絵柄がついていた。
風邪をひいたり、身体が弱っている時はいつもそのお皿だった。
ふだんは使わない。
ちゃんと食べないと、治らないわよって言いながらも、風邪を引いた一日目の母の口調は、いつもやさしかった。
食べられたじゃない!ほら!
って喜んでいた。お代わりする? ってわたしがお皿を母に渡すのを待っているみたいに、手を腕を差し出していた。
昨日までの母とは別人の様で、時折母の顔をまじまじとみたりした。
数日経って風邪の症状もほとんど治ったも同然の状態になると。
母も母として通常モードにもどって、
風邪を引くのは日ごろの態度がなってないからだと、厳しめのお小言の時間へと切り替わってゆく。
でも、何度目かの風邪を引いたその日。
どうしてもPTAの会合があるとかで、母は忙しくて出かけなくてはならない。
フリーで仕事をしていたハルヲさんは、あまり仕事が忙しくなかったのか、どうなのか。
いいよぼんちゃん(わたしの仮名)を、俺が見ておくよって。引き受けてくれた。
キッチンにハルヲさんが立つ。
キャベツをごろんとまな板に置くと、きれいに一枚ずつ切り離す。
何枚も何枚もそっとはずして、大きな銅鍋でゆでる。
破らないようにしながら、ゆっくりとキャベツを茹でていた。
「ぼんちゃん、ママはいつもロールキャベツ作ってくれるんだろう? 風邪ひいたら」
わたしは、うんそうだよって、ぼっ~とした頭で答えたのかもしれない。
「ハルヲちゃんもね、よく風邪ひいてたから、お袋にね、あ、ぼんちゃんのおばあちゃんにね、よくこれ作ってもらってたよ」
あの日の、メニューはなんとなく覚えている。
テーブルの上には、ホタテと大根のサラダがそこにはあった。
なんで覚えているかって言うと、ホタテの缶詰は、なんとなく子供のわたしにとって、大人の食べ物のような味に思えたから。
おとなの味を知りたかったのかもしれない。
あとホワイトアスパラの缶詰とかも、同じぶるいの食べ物だと思っていた。
野菜の大きさは、母が作るのとまったくおんなじだった。
ごろごろしている。人参もジャガイモも、セロリもざっくりと切ってある。
お肉のパックは、いつも<あいびき>っていうのを買いに行かされていたので、ひき肉と<あいびき>は全然べつのものだと、その頃ずっと思っていた。
あいびきは、7が牛肉よ3が豚よ。
ハンバーグの時も、ミートボールの時もそれだった。
母は買い物の前に何度も念を押す。時にはその割合を暗唱させられたりして。
毎日がはじめてのおつかいみたいだった、今想うと。
ハルヲさんに、わたしそれ知ってるよってちょっと言いたくて。
<あいびき>でしょ、それって言ってみたりした。
ハルヲさんは、あぁこれ? そう。
料理を作るのにちょっと忙しそうで、中途半端にスルーされた。
お皿どれだっけ?
パンダのがいい。
そんなやりとりしながら、わたしはハルヲさんのロールキャベツを食べた。
ほとんど、母の味と似ていた。
喉の奥をスープが通る時、もう風邪は治っているんじゃないか? っていうぐらいに、痛みが消えたように思えた。
「治るよすぐに、ぼんちゃん。ハルヲちゃんもこれ食べた後はけろっと治ってたよ」
だまってわたしは食べていた。
ロールキャベツっていう食べ物には、魔法のスパイスが入っているみたいにちょっと本気で、思っていたから。
食べ終わった後、ハルヲさんが言った。
「ぼんちゃん、この間あげたあれ。鉛筆、七色のあれで絵を描いてあげる」
って言った時、わたしはすこし固まった。フリーズした。
黙ってると、頭のてっぺんをハルヲさんは撫でながら。
なくしちゃった?
って聞くから、まだ黙っていたら。
「お友達に、あげちゃったんだろ?」
そう言われた。図星だった。
ハルヲさんはすこしだけ、ほんの少し寂しそうだったけれど、
そうか、あげちゃったのかって言って。
怒られるかな? って様子をうかがっていたら。
「ぼんちゃん、なんでもあげちゃうだろう。友達にちょうだいそれって言われたら。ちゃんと嫌なことは、いやって言える子にならないとね。時間がかかってもいいから。ハルヲちゃんもそうだったから、すごくわかるんだけど」
そう言われたことは、ずっと後になってからも母には、黙っていた。
あれからハルヲさんとは、家を巡ってのあれやこれや。大人の事情で会えなくなってしまった。
唯一味方だと思っていたハルヲさんがあの日作ってくれた、ロールキャベツの味は忘れられない。
そしてあのハルヲさんのロールキャベツは、わたしにとって手紙のようなものだったのかもしれないと、今では思っている。
ひとりきまま企画
#聞きながら書いてみた
♬矢野顕子さんの 「ごはんができたよ」です。ではどうぞお聞きくださいませ!
☆ひとしずく うつわをみたす うつつのような
☆しゃぼん玉 虹が映した ふたりのような
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