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はじめて、教室でケンカしたあの日。

あの人は今、エンジンかかってるって
思うことがよくある。

圧倒されて、その人にはいまひとつの
道がみえているんだなって。

じゃあ、じぶんはどういう時なんだろう。

記憶を辿る。

あれもひとつのエンジンかかった瞬間
かなって思うことが小さい頃あった。

そう、生まれてはじめてじぶんの中に
内蔵されていたららしいエンジンの
音を聞いた。

小学校の時。

図画工作っていう時間があった。

絵を描いたり、道具を使って何かを
つくったりする。

クラス全員に紙粘土が配られた。
直方体のねずみ色をしていた。

わたしの隣は丹羽さんという
女の子だった。

学校も一緒に帰っていたし、わりと
仲のいいひとりだった。

つくることが好きなのか、やる気満々の
エネルギーが隣からもそのみえない熱量
というのか、彼女の体温から伝わって来た。

もうなにかしらカタチになりそうな
なにかを丹羽さんは作っていた。

わたしは、つくりたいものが何も
浮かばなくてその直方体の粘土と
にらめっこしていた。

それでもその粘土をすこしだけ
いたづらに崩してからなにかつくりたい
ものを考えようっていうプランに
替えた。

その時だった。

ドラマは突然やって来た。

隣の丹羽さんが、わたしのほとんど
もらったカタチのままの粘土を
じっとみていた。

ちょっと違う視線を感じた。

そんな時、ふたりの机と机の境界線に
ちいさな粘土をわたしは飛ばして
しまったのでそれを拾った。

そうしたら丹羽さんがちょっと
泣きそうな顔でわたしに訴えた。

なに?

それわたしのだから。

その粘土わたしの粘土だからって
丹羽さんが主張しはじめた。

境界線にはみ出したわたしのちびた
粘土をじぶんの粘土だと言い張った
のだ。

そういうシチュエーションって
生まれてはじめてだったかもしれない。

つまり、大げさに言うとわたしが疑われた
瞬間だった。

小さい頃から主張というものができない。

主張しないでいたらいつしかできなく
なっていた。

幼稚園でもいろいろスルーしてきたのかも
しれない。

でもこの状況って、濡れ衣なわけだから
これはちがうって言わんとあかんってなって。

そしてわたしは言った。

いつもなら呑んでしまう言葉をその時は
じぶんの口から放った。

火が出たかと思うぐらい、汗をかいた。

わたしの粘土だもん。
とってないもん。

そして丹羽さんがわたしの髪の毛を
ひっぱって生まれてはじめての
取っ組み合いをするけれど。

それにはわたしは応じられなくて。

わたしの方が体が大きいのがわかって
いたから、取っ組み合いにはほとんど
興味はなかった。

それよりも、わたし言えたよね。

さっきわたし言ったよね。

そのことに興奮していた。

わたしの気持ちというか、事実というか
それもドンピシャの言葉を声にできた
ことのほうが大きかった。

わたしあなたの粘土とってないもん。

たったそれだけなのに。

まるで清水の舞台から飛び降りるかの
ように、小学校2年のわたしは
自分で自分を守る言葉を口にできた。

後にも先にもそういう経験はあまり
ないので、わりとくっきり覚えている。

身体の中から熱くなって、やっといえた
言葉のことが、そのあとの時間もずっと
まとわりついていて、不思議だった。

丹羽さんと仲直りしたのかどうかも
覚えていないけれど。

じぶんの気持ちをまっすぐ言うことを
はじめて覚えた時、じぶんの中から
エンジンがかかったようなそんな音が
聞こえた瞬間だったかもしれない。

それは子供にとっても不条理だけれど。

丹羽さんがその粘土わたしのだって
言い分を投げつけなければ、もしかしたら
わたしもちゃんと、じぶんのことを
じぶんの口で言える子にならなかったかも
しれない。

イヤはいや。

好きはすき。

それはちがう。

たったこれだけのことを言えるように
なるまでに、人より時間はかかったかも
しれないけれど。

エンジンがかかった瞬間をじぶんの中に
感じた時、わたしのはじめてのその経験は
そこに丹羽さんという相手がいたからこそ
感じたものなのだと今になって思う。




きみの エンジンの音は いつも聞こえてる
こことは ちがうどこかへ いっても
きっと その声は 聞こえているから




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