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【不登校】渡り鳥の教え|エッセイ

 《これまでのエピソード》 
 思春期の不登校の息子にどう働きかけたら良いか困り果て、八方塞がりの日々。見かねた娘からの一言で、家から出て毎日ウォーキングすることを決意。最初はただ歩くだけで精一杯だったが、ある日、川に渡り鳥たちが群れているのを目にして…

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 (あの鳥たちは、息子と同じだ)

 私ははっと気付きました。
 
 冬の寒さを逃れて、暖かい地へ飛んでくる渡り鳥。学校は辛い場所だった。だから家へと避難してきた。渡り鳥と同じ、冬ごもりする熊と同じ、手負いのオオカミも同じ。誰に教えられなくても、厳しい場所から自分で安全な場所を求めたのだ。そんな息子を温かく迎えず、「何故今日も休んでいるの?」と咎めたり、居心地悪くさせていた私はいったい何だったのだろう?

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 鳥たちの姿に意味を見出した私は、息子へ謝罪したい思いとともに、みるみると母性を取り戻していきました。大きくなった息子に、忘れかけていた感覚。

 (あの子を守ってあげたい)

 (きっと今は傷ついた心を自分一人で守ろうとしている。だからあんなに頑なに閉ざしているんだ。私は、拒否されているのではない。癒える時まで、じっと一人きりで耐えているんだ…。)

 私は決心しました。

 (渡り鳥も、時が来ればまた旅立ってゆく。

 居場所を作り、その時まで待とう…)と。

 
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 ウォーキングは私の意識に大きな変革をもたらしました。

 この変革は、川があって、渡り鳥がいる自然豊かな環境だったからこその話ではないと思います。

 〈 家から出る → 一定時間歩く → 不登校の問題が意識から外れる → 一種の瞑想状態となり、自分たちのことを次第に客観視できるようになる 〉

 
 このような流れが、私の中で起こったのでしょう。

 もしウォーキングが無ければ、今でも分かりあえず、こじれた親子のままだったかもしれません。ウォーキングを提案してくれた娘には感謝するばかりです。

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 親子のこじれからの脱出を願う方々に、このエピソードを贈りたいと思います。何かの一助になれば幸いです。

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 お読み頂き有難うございました。
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 また次の記事でお会いしましょう!


 


 

 




 
 


 

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