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恥辱

著者 J.M.クッツェー
訳 鴻巣 友季子
出版 早川書房 2007年7月15日発行 2012年10月15日 三刷

ある日の読書感想文

2003年のノーベル文学賞作家であり、ブッカー賞を二度取るという偉業を果たした南アフリカ出身の作家クッツェー。
彼のブッカー賞作品は1983年の『マイケル・K』と1999年の『恥辱』だが、彼の二度目のブッカー賞作品『恥辱』の出だしがエロかったのでそちらを購入したー

J.P.卍丸


「ニヤニヤしながらまた中二病書いてるの?昨日から洗濯して畳まれたTシャツを自分のクローゼットのところに持っていってって言ってるわよね?わたし」
僕が偉大なる今世紀の作家の偉大な著書『恥辱』の感想をソファーでねっ転がりながらまとめていると、妻のシモーヌ仮称がそう言いながら、僕を睨んでいる。
「やるやる、あとで絶対やります。あのねー、シモーヌちゃん、めっちゃすごい作家なんよ、今日読んでる人。クッツェーって言うんやけど」
「ふーん、どんな話?」
意外にも、普段、本を読むことのないシモーヌが反応した。
「五十代の大学教授、もとは現代文学の。でも経費削減でコミュニケーション学部とかいうとこで細々と先生することになってしまったんよね」
「で?」
「ほいで、まあ、ある日、美人な生徒に恋に落ちてしまい、デイビッドは勝手に舞い上がる、と。そんで明らかな抵抗されないことをいいことにー…というので終わる物語。とにかくアイタタターって感じの痛いオヤジの哀愁が最後も漂ってる」
「ふーん、サルトル仮称も一歩間違えたら、25年後、その痛いおじさんになってるね。だって中二病じゃん?サルトル。昨日も夜中まで、ぶつぶつ言いながら、しかもにやにやして、配信見てて、寝ろ!って言ってんのにさ」

ある日を境に、シモーヌは、僕のことを中二病と呼び、からかうようになっていた。たしかに、中二病なのは否めない。けれど25年後に中二病だからといって、ポスト・アパルトヘイトのようにレイプと強盗が日常茶飯事の世界線にはいない。ここは日本であり、僕のモラルと正義が成り立つ国だ。犬のようにはならない。けれど、「僕」の中での正義や尊厳なんて誰にとってもそれが「正義」なのか?最も簡単に粉々にされるだろうし、通用しないかもしれない。

少しぼけっとしていたらシモーヌがベージュ色のTシャツの上からエプロンを付けながら、まだ僕を見ていた。
彼女の瞳の奥に映る僕は、髪も切らず、目も虚だ。僕はサルトル教授なんかじゃない。ましてや水嶋ヒロでもない。僕は僕だ。

「ちゃうねん、にやにやしとったのは、照れたんよね、配信の人が、俺のこと水嶋ヒロに似とるとかイケメンってゆうてくれてて。お世辞でもなんかちょっと照れるやん。まあええわ、とにかく、正義が正義じゃない世界線に、痛々しいロリオヤジが失職後、自分の娘が他人として立ちはだかって受け入れられんかったり、中盤からかなり重い話なって苦労するってのが、めっちゃ哀愁漂う、しかも最後も」
「水嶋ヒロじゃなくて、自撮り大好きな27歳中二病だから。年相応にしなよ。とりあえず洗濯物を今すぐ持ってって。家の手伝いをしろ!中二病」
「はい」

正義、尊厳とは何なのか。

まともな感想


前半部分はシュールな笑いもある。主人公デイビッド、五十代の大学教授。彼が年を考えずに浅はかなことをしてしまい、その結果、大学を追われる。
大学でのその事件の審判中でも彼は自己欺瞞に陥ることなく、潔く大学を去る。
そのあたりは、少し、カミュの『異邦人』ムルソーを思い出すが、ムルソーのようにデイビッドは若くない。
この辺りがリアリティあり、世間知らずの痛い大学の先生といった感じがする。

中盤からは、南アフリカのポストアパルトヘイト問題が織り交ぜられて物語が大きく傾斜し、重い空気が漂い始める。
訳者のあとがきにもあるとおり、カフカの『審判』との繋がりが如実に現れているように思う。

「犬のようだ」と、彼(ヨーゼフ・K)は言った。恥辱だけが生き残るように思われた。
『審判』カフカ 中野孝次


屈辱を与えられたデビッドの娘ルーシーとの会話

「あんな大志を抱きながら、こんな末路を迎えるとは」
「ええそのとおり、屈辱よ。でも、再出発するにはいい地点かもしれない。中略」
中略
「犬のように」
「ええ、犬のように」
『恥辱』クッツェー 訳 鴻巣友季子p315-316


若いルーシーには再出発という選択肢から希望を見いだし愛を育てていこうとするものが垣間見え、中年の父デイビッドは取り残されてしまったかのように見えた。

ルーシーとデイビッドに降りかかった中盤の事件は、アパルトヘイト廃止後の支配する者とされる者の逆転、南アフリカでの社会問題、レイプや強盗が描かれている。
ルーシーが出産を決意し、しかも、その土地に残るというのもそうした秩序のない世界に新しい命と愛を回復させていく決意のようにも少し思えた。

デイビッドの哀愁はデイビッドの歳に近くなったらきっと寄り添えるかもしれない。

正義や尊厳が支配する者、される者、社会的地位、職業、などでも変わってしまう。
なんとも危ういものだ。

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