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「単行本と文庫」≒「長編と短編」

ひとつ「本好きあるある」をご紹介します。

「単行本を買ったら、直後に文庫化した」

私自身、何度も体験しています。昨年だと小倉ヒラクさんの「発酵文化人類学」(木楽舎)がそうでした。でも角川文庫に加えられたときは素直に嬉しかったです。それだけの価値を持った名著なので。

発酵文化とは偉大なる自然との共存であり、人の生きる知恵の結晶でもあります。「無いものを嘆くのではなく、あるものを最大限に活用していく」という、いわゆる「ブリコラージュ」の発想。たとえば、一年のある時期にしか獲れない魚がある。だったら発酵させて保存食にし、いつでも食べられるようにすればいい、と。

発酵食品には免疫を高める効果があります。著者のお人柄も含め、いろいろな意味で「読むと元気が沸いてくる」一冊でした。

さて「単行本を買ったら~」の話に戻ります。

ずっと購入を悩んでいた本が、先日いいタイミングで文庫になってくれました。「新潮文庫の100冊」にも入っています。特典のしおりが欲しいからありがたい。伊与原新さんの短編集「月まで三キロ」です。

あまり大きな声では言えませんが、出版業界には「短編集は売れない」という定説があるそうです。じゃあ長編だけ出せばいい? 違いますよね。ここはROLANDの名言「前例がないなら作ればいい」を発動させるタイミングでしょう。

短編には短編ならではの良さがあります。単なる「長編小説の短いやつ」だと思ったら大違いの勘五郎(元ネタは夏目漱石「坊っちゃん」)。気軽に読了できるからこそ、構成力やサスペンス性、リーダビリティーなどを含めた著者の技量が問われるのです。

短編創作は一種の「ブリコラージュ」と言えます。登場人物もエピソードもページ数も使える量が限られている。だからこそ知恵を振り絞り、あるものを有効活用して読み手を惹きつける。その点、伊与原さんは直木賞候補作「八月の銀の雪」が証明したように、たしかな力を持った作家です。

以前にも書きましたが、私はアガサ・クリスティーが好きです。知名度では「アクロイド殺し」「ABC殺人事件」などの長編に劣りますが、彼女の作品にハマったきっかけは短編「スズメバチの巣」でした(「教会で死んだ男」に収録されています)。優れた短編はほんの数十ページで熱いファンを生み出してしまうのです。

好きな作家の長編と短編を比べ、各々の魅力を見つけるのは読書の楽しみのひとつ。同じことが実は「単行本」と「文庫」でも可能です。全く一緒? そうとは限りません。文庫化の際に加筆する作家は少なくないので。何が変わったかを探すのはなかなか興味深い作業です。

「単行本を持ってるのに文庫も買ってしまった」これも「本好きあるある」ですよね。こんな現象が起きてしまうほどに魅力的な一冊と、皆さまがお近くの書店で出会えることを祈っています。

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