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ハードボイルド書店員が選ぶ「夏の文庫5冊」

こういう試みは目を惹きますね。

版元主導のフェアはもちろん素晴らしい。一方で、書店員の好みや生の声を知りたいというお客さんが少なくないのも事実です。

「夏の100冊フェアをやっている3社(集英社、角川、新潮社)以外の出版社から刊行されている文庫の中から50冊を選びました」とのこと。

リストを見てみました。

知らない作品がいくつかあり「ここでその本か!」という意外な選書も見られました。さすがですね。一方で版元主導の場合とさほど変わらぬチョイスもちらほら。

せっかく書店員が推すのなら、もう少し奇抜な基準を己に課す方が独自色を出せると思うのですがどうでしょうか?

50冊はさすがに多いので、↑と同じ縛りで私なりに「夏の文庫5冊」を選んでみました。

1、「九マイルは遠すぎる」ハリイ・ケメルマン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

これは外せません。「文庫フェア」における白いご飯みたいなものです。「安楽椅子探偵ミステリィ」の決定版。特に表題作は驚愕と共に打ちのめされます。ミステリィ好きのみならず、数学が苦手な人にもオススメかもしれない。「ロジックとはどういうものか?」を実感として掴めるので。

2、「一年有半」中江兆民(光文社古典新訳文庫)

著者が「余命1年半」を告げられてから綴ったエッセイです。時代の違いを感じる箇所もありつつ、いまなお胸を打たれる痛烈な提言も見られます。ちなみに私は「普遍の真理というものはみな陳腐なのだ。言えば陳腐だが、行えば新奇だぞ」を頭に刻みつけました。

訳者の注も丁寧です。おかげで明治期の日本への学習意欲を掻き立てられました。

3、「太陽がいっぱい」パトリシア・ハイスミス(河出文庫)

夏といえば太陽! 尤もアラン・ドロンの悪の色気を存分に味わえる映画版とは異なり、原作では太陽に大きな意味は与えられていません(原題の直訳は「才能あるリプリー氏」)。ただ、これはこれで緻密な構成が見事な生々しいサスペンスです。両方楽しんだうえで各々の魅力を探ってみては? 

ちなみに私はリメイク版の「リプリー」(アンソニー・ミンゲラ監督)の方が、著者でさえ掴み切れていない原作のエッセンスを巧みに描き出していると考えています。特にディッキーの人となり。画家志望よりもジャズプレイヤー志向の方が断然しっくり来るのです。

4、「真夏の航海」トルーマン・カポーティ(講談社文庫)

カポーティが10代の頃に書いた未完作。たぶん在庫切れですが、ぜひ復刊してほしい。安西水丸さんの訳というのも貴重ですし。

サガンの名作「悲しみよ、こんにちは」の男性作家版と捉えることも可能です。精密にしてエレガントな描写を堪能してください。ラディゲ「肉体の悪魔」と比較するのも興味深いですよ。

5、「棚橋弘至はなぜ新日本プロレスを変えることができたのか」(飛鳥新社、文庫版)

「暗黒時代」と呼ばれ、倒産寸前だった新日本プロレスをV字回復させた棚橋選手。彼の一連の改革案、取り組みの中には読んだ人のプライベートや仕事へ落とし込めるアイデアが潜んでいます。

たとえば私は彼がファン時代から好きだった職人的な技ではなく、見栄えのいいハイフライ・フローをフィニッシュにしたことから、毎週日曜に更新している「ハードボイルド書店員日記」のヒントを得ました。こだわりよりもまずは現実的に見てもらうこと、お客さんに楽しんでもらうことだと。

どれか1冊でも気になる本があったら嬉しいです。お求めはぜひお近くの書店にて。

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