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ハードボイルド書店員日記㉝

大きな書店では大概ハンディタイプの機械で本を棚登録している。だから検索機で有無と場所を調べられる。だがデータでは在庫ありとなっていても見当たらない場合がある。書店員の腕の見せどころだ。

「すいません、ちょっといいですか?」
朝、補充分で入ってきた大量のビジネス書を棚に出しているとバイトの女の子から声を掛けられた。「どうした」「あの、雑誌の『Number』が在庫ありになってるんですがどこにもなくて」額に汗を浮かべて手も震えている。

スポーツ誌のコーナーに移動した。グレーのジャンパーを着た初老の男性客が眉間にしわを寄せて棚を睨んでいる。筋張った浅黒い右手に検索データのプリントアウトを持っていた。

「ああ来た来た! この紙に書かれてる棚ってここでしょ? 何でないの?」「申し訳ございません」「今日出たばっかりだよ。売り切れたなんてことはないよね?」「お調べしますのでもう少々お待ちくださいませ」早足でレジに戻り、端末で検索をかける。今日は木曜日。たしかに発売日だ。10冊入荷している。だが棚には出ていないし、下のストックにも入っていない。他のスポーツ誌の平積みの下にも潜んでいなかった。

「今日雑誌を出したのは?」「店長と私です」「スポーツ誌は大体店長が出してるよね。店長に訊いてみた?」「それがその、事務所で会議中なんです。ZOOMで」舌打ちをどうにか堪える。「今日は何日だっけ?」「15日です」頭の中のデータベースにアクセスする。15日の木曜日。週刊文春&新潮、女性セブン、たまごクラブ、ひよこクラブ、ボクシングマガジン、山と渓谷、コロコロコミック……「PenとBRUTUSはどこ?」「え? たしか総合誌に積まれていたような」

彼女の記憶は正しかった。総合誌のフェア台に「Pen」と「BRUTUS」が並んで平積みされている。横から見た。「BRUTUS」の途中の色がおかしい。案の定「Number」が10冊サンドイッチされていた。「丁寧にお詫びして」「はい!」女の子は走るように戻って行った。

「さっきはありがとうございました」11時になってレジに入る。休憩に行く女の子に頭を下げられた。「どうしてあそこにあるってわかったんですか?」「今日発売の雑誌でそれなりの数が入荷していてサイズが『Number』と同じなのはあのふたつだから」「なるほど!」女の子は漫画みたいに手のひらへ拳でハンコを押した。

「昔『ポポロ』の平積みに『JUNON』が紛れていたことがある。そのときの経験が活きた」「勉強になります」「ひとつの梱包にいろいろな雑誌が紛れているケースがあるんだけど、開けるときに注意しないとスルーしてしまうんだ」前日の午後、仕入れ室で雑誌をジャンル別に台車に並べて雑談していた連中の姿が目に浮かんだ。

「あ、そうだ」女の子がもう一度同じしぐさをする。「昨日『広報会議』って雑誌が2冊在庫ありだったのに見つけられなかったんです。これも同じ日に出た同じサイズの平積みの下に」「いや、あれは入荷数が少ないから、あるとしたら面陳の裏だ」「裏、ですか」「見た方が早い」ビジネス誌の棚に連れて行った。面陳されている「宣伝会議」を引き抜く。背後から同サイズの「広報会議」が姿を見せた。

「すごい!」女の子が音を立てずに拍手する。「これも店長っぽいな。1日発売でずっと気づかないのはまずい。一応気にかけといて」「覚えておきます! あ、じゃあ休憩いただきますね」「いってらっしゃい」

「何か変わったことあった?」店長が欠伸を噛み殺しながらレジに来る。「いえ大丈夫でした」「そう」こっちで尻拭いしておいたから。腹の底でそう付け加えた。


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