私の体を通り抜けていったものたち

30年前ぐらいに読んだ「気分はグルービー」という漫画で、こんなエピソードがあった(細部はうろ覚えです)。


主人公のケンジは高校の軽音部に所属するバンドマン。「ピテカントロプス・エレクトス」というバンドでドラムを担当している。ケンジは3年生になり進路について悩んでいる。プロのドラマーを目指したい気持ちもあるが、彼女のヒサコからは一緒に進学したいと言われていて、そのはざまで迷っていた。ある日、同級生のエザワ(陸上競技を続ける為に大学に行く事を決めている)に、進路についての悩みを打ち明ける。
「オレ、何のために大学にいくのか分からないんだ」というケンジにエザワは、

「お前さ、いつも歌ってる英語の歌、あれ…、意味わかって歌ってんの?」

と訊く。呆然とするケンジに

「それだけでも、大学行く理由にならないか?」

と続けて言った。「そ、そんなもんかね…」と言うケンジに、「そんなもん、そんなもん」とエザワは笑って言った。
(細部はうろ覚えです)

上記は好きなエピソードだったので趣味で書いた。これから書く事とはあまり関係はない。

僕も海外の音楽を聴くことがあるが、今まで何かしら理由が無い限り歌詞の訳を調べることは無かった。が、ホイットニー・ヒューストンの「I Will Always Love You」を披露宴で使って、実は別れの歌だった事が後ほど判明した人の話を聞いたため、自分が結婚式の時に使った曲については歌詞を調べた。乾杯の時に使ったエアロスミスの「Jaded」はちょっと微妙だったかもしれない。

脱線した。僕は歌詞を調べることはあまりしない。歌詞を知った方がもっと曲に没入できるのかもしれないが、あまり重要視した事はなかった。「考えるヒット」で近田春夫が、

「文化の内側でしか機能しないものは、断じてロックではない」

と書いているのを読み、「意味なんか知らない方がロックだ」と拡大解釈することにした。

脱線した。(ここからが本論)
最近自分が変わったなと思うのが、日本の音楽を聴く時に、感情移入が少ない(僕にとってという意味)作品を好んで聴くようになったという事だった。
一時期僕には、「ひこうき雲」や「喪に服す時」等、レクイエムばかりを聴いていた時期があった(2年間ぐらいだろうか)。その時は曲の世界に没入するために、歌詞を選んで音楽を聴いていた。

もっとはっきり言おう。僕はその時期は音楽を、楽しみの為に聴きたくはなかった。自分の中の何かを浄化させる為に、読経を聴くように聴いていたのかもしれない。

それから時間が過ぎた。何かが浄化されたのかどうかは分からないが、もうその習慣はなくなった。
今となってはよく分かるが、感情移入すると、楽しかろうが切なかろうが精神を削られる。バックナンバーの曲なんかはまさにそうだ。聴きたくなるが、聴いた後にいつも激しく後悔する。ならなんで聴くんだと思うが、それでもまた聴いてしまう。
今は感情移入しない(あくまで僕にとって、だが)曲をよく聴いている。
筆頭はジェニーハイの「ランデブーに逃避行」だ。
聴いたら体を奇麗に通り抜け、後には「らんらんランデブー」というサビ以外何も残らない(断じて、浅薄な曲だとかけなしているわけではない。凄くいい曲なのだ)。
「ランデブーに逃避行」に限らず、ジェニーハイは他の作品も、おそらくこんな風に「消費される」という事を目指して作られているんじゃないかと思える程、透明で無害だ。
だが、それがいい。

先日、深夜のテレビでジュードロウ主演の「スカイキャプテン」という映画をやっていた。
これも、ジェニーハイの曲のように何も残さない作品だった。
途中まで観てそれが分かったので、最後まで観る事にした。やはり爽快感以外何も残らず、奇麗に体を通り抜けた。

加齢によって胃腸が弱くなり受け付けるのが難しくなった食べ物があるように、僕の感受性も咀嚼や消化の能力が低くなり、感情移入を避けるようになったのかもしれない。

※途中何度か書いたが、上記で上げた作品の事をけなす意図は全くない。「何も残さない」というのはあくまで僕が作品から受けた個人的な感想である。念のため。(そもそもこのブログ自体が読む人に何も残さないという意見についても全面的に賛同する)

(加筆)
少し前に「幽霊たち」という小説を読んだ(Twitterでお薦めしている人がいて興味を持ったため)。
登場人物達はブルー、ブラウン等のニックネーム、ないし本名かどうか怪しい偽名。主人公の探偵はある依頼を受けてそれに勤しむが、依頼人がなぜそんな依頼を自分にしてきたのか目的が分からず、だんだん疑心暗鬼になっていく。無駄を省いたハードボイルド調の文体で書かれ、ラストも(そう終わるという事は大体想像はついたが)「?」で終わる。
この作品も、モヤモヤ以外何も残らない作品だった。
(もっと「深読み」すべきなのかもしれないが)

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