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【マガジン】月の砂漠のかぐや姫

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今ではなく、人と精霊が身近であった時代。ここではなく、ゴビの赤土と砂漠の白砂が広がる場所。中国の祁連山脈の北側、後代に河西回廊と呼ばれる場所を舞台として、謎の遊牧民族「月の民」の… もっと読む
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#昔話

「月の砂漠のかぐや姫」登場人物等紹介

「月の砂漠のかぐや姫」登場人物等紹介

「月の砂漠のかぐや姫」は、今でない時、ここでない場所、人と精霊の距離がいまよりももっと近かった頃の物語です。「月から来たもの」が自らの始祖であると信じる遊牧民族「月の民」の少年少女が、ゴビと呼ばれる荒れ地を舞台に、一生懸命に頑張ります。
 物語世界の下敷きとなっている時代や場所はあります。時代で言えば遊牧民族が活躍していた紀元前3世紀ごろ、場所で言えば中国の内陸部、現在では河西回廊と呼ばれる祁連(

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月の砂漠のかぐや姫 第49話

月の砂漠のかぐや姫 第49話

 二人が近づくにつれて、岩山はどんどんとその大きさを増していきました。遠くから眺めると屏風のように見えたその岩山は、あまり高さはないものの、長い手を北に向ってなだらかに伸ばしていました。
 祁連山脈に連なる山と岩山の間を川が走っていて、その横にはわずかながらゴビの荒地が広がっていました。
 ちょうど谷のように狭まったその空間は、川と共にずっと奥まで続いていました。その先には砂煙に霞む空も見えている

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月の砂漠のかぐや姫 第48話

月の砂漠のかぐや姫 第48話

 幾つもの峰が高く高くそびえ連なる祁連(キレン)山脈は、まるでどこまでも広がる空を支える柱のようです。その祁連山脈の北部には、空とつながる大地の果てまで、ゴビの荒地が広がっていました。
 しかし、その荒地は見渡す限り赤茶色一色に染まっているものの、完全に生き物を拒絶する死の世界ではなく、祁連山脈からの伏流水を源にするオアシスも点在し、小規模ですが草地も存在していました。
 また、幾つかのオアシスの

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月の砂漠のかぐや姫 第47話

月の砂漠のかぐや姫 第47話

 同じころの宿営地の中では、竹姫が一人、天幕の中に敷かれた布の上で膝を抱えていました。
 竹姫は大伴の一族と行動を共にしていたので、食事のときや休むときには、大伴たちと同じ天幕か一族の女性たちが利用する天幕を使っていました。
 しかし、今は、日頃は使っていない、月の巫女のために用意された天幕の中に籠っていました。一人になりたい、誰にも会いたくない、そのような気持ちを抱えていたからでした。
 常日頃

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月の砂漠のかぐや姫 第41話

月の砂漠のかぐや姫 第41話

 大伴は、静かに話を続けました。

「羽磋よ。月の巫女と言うのはな、器だ。器なのだ。いつの頃からかは、わからん。ひょっとしたら、我らが祖が月から降りてこられたときに、人となったもの、獣となったもの、そして、風や水と一体となったもののほかに、器となったものがおられたのかも知れん。あるいは、もっと後に、なんらかの行いにより形作られたものかも知れん。とにかく、俺たちが調べた結果判ったのは、月の巫女とは器

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月の砂漠のかぐや姫 第40話

月の砂漠のかぐや姫 第40話

 大伴は詳しくは語りませんでしたが、その時の大伴の取り乱しようは、まさに荒れ狂うハブブのようでした。
 消えてゆく弱竹姫の身体を何とかこの世界につなぎとめようと、その身体を両手で抱きしめ、その名を大声で呼び続けたのでした。
 そして、その願いもむなしく弱竹姫の身体が完全に消滅してしまった後は、大伴はその姿を求めて祭壇上のあらゆるところを探し回り、最後にはそれを破壊して祭壇の下にまで潜り込んだほどだ

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月の砂漠のかぐや姫 第39話

月の砂漠のかぐや姫 第39話

 烏達渓谷はゴビ北東に広がる草原の一角にあります。この一帯は、南北に流れる黄河の恵みにより遊牧に適した草原が大きく広がっているので、月の民と新興匈奴はこの地域を奪い合って、何度もいさかいを起こしているのでした。
 月の民の戦い方の特徴は、馬に乗ったまま敵に矢を射る「騎射」にありました。この機動力を活かした戦い方は、「馬と共に生まれ、馬と共に生き、馬と共に死す」と言われた遊牧民族独特のもので、これに

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月の砂漠のかぐや姫 第35話

月の砂漠のかぐや姫 第35話

「それで、話というのはだな」

 大伴は羽に話しかけながら、高台の縁の方へ歩いていきました。そして縁に近づくにつれて、遠くから見られることを恐れているかのように、身を低くしていきました。

「まず、あれを見てくれ。ちょうどうまいこと、動いてくれているぞ」

 同じように身を低くして側へやってきた羽に、大伴は遠くに見える自分たちの宿営地の方を指で示しました。
 彼らの優れた視力でも、宿営地の細かな動

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月の砂漠のかぐや姫 第34話

月の砂漠のかぐや姫 第34話

 馬だまりでは、朝の餌を喰いつくした馬たちが、自分たちの近くにぽつぽつと生えている下草を喰いちぎって、口さみしさを解消していました。しかし、大伴がいつも騎乗している馬だけは、飼い葉桶に首を突っ込んで朝食の真っ最中でした。

「すまんな、朝飯はしばらく待ってくれ」

 大伴は話しかけながら愛馬を引き出すと、その背に鞍と革袋を置きました。その横で自分の愛馬に鞍を置きながら、羽は大伴に尋ねました。
 大

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月の砂漠のかぐや姫 第33話

月の砂漠のかぐや姫 第33話

「くそ、くそっ」

 羽は、小さな声で罵りながら、小走りで自分の天幕に戻っていきました。
 そもそも自分は誰に対して憤っているのか。竹姫に対してなのか、それとも他の誰かに対してなのか。
 極度の興奮で混乱している羽には、それすらもわからなくなっていました。
 考えてみると、大事なことを忘れてしまった竹姫に対しての怒りがありますが、それ以上に、感情的になってしまって竹姫を傷つけるための言葉を発してし

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月の砂漠のかぐや姫 第23話

月の砂漠のかぐや姫 第23話

「姫っ」

「弱竹姫っ」

 阿部と大伴は、祭壇の弱竹姫に声をかけました。いえ、声をかけずにはいられなかったのです。計画は阿部が立てたものですし、大伴もその内容を知っていました。ですから、弱竹姫が行う儀式が、目的を達成するための大事な儀式であることを、彼らは理解していました。
 でも、その儀式を司る秋田に、彼らは信用を置けなかったのです。「秋田は何かを隠している」、その思いが彼らの内に、この儀式に

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