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【毎日がリフレッシュ】詩人たちが隠居生活の「憧れ」と「リアル」を語った漢詩3選


「明日休み」と毎日言いたい

「仕事をせずに暮らせたら、何をしようか?」

誰もが一度は想像しますよね。
中国・唐の時代、とくに玄宗皇帝の治世は
詩人たちの隠居ブームが起こります。
この時期はとても豊かで、漢詩が発展しました。

豪華な朝廷で働いていた官僚も、
茅ぶきの家で月を見て暮らす生活に憧れます。
毎日、休日のように暮らせたら…
理想は膨らみます。


今回紹介する漢詩は、以下の2つに注目です。

  • 隠居生活を送る友人を尋ねて、自分自身がその暮らしに憧れる詩

  • 隠居生活を送っている自分自身が気持ちを表した詩

詩中には、
疲れた心をリフレッシュしてくれるような、
美しい言葉が多く登場します。
解説欄に【リフレッシュワード】として
ピックアップしていますので
情景を思い浮かべてみてください。

また、白文を中国語で読み上げた音声を載せました。
漢詩独特のリズムが美しく、
中国語のイメージが変わると思いますので
ぜひ聞いてほしいです。




常建じょうけん:宿王昌龄隐居

【白文】
清溪深不测,隐处惟孤云。
松际露微月,清光犹为君。
茅亭宿花影,药院滋苔纹。
余亦谢时去,西山鸾鹤群。

【書き下し文】
清谿せいけい 深さ測られず
隠処いんしょ ただ孤雲こうん
松際しょうさい 微月びげつあらわれ
清光なお 君の為のごとし
茅亭花影かえい宿り
薬院苔紋たいもんしげ
われまた 時を謝りし去りて
西山に鸞鶴らんかくぐんせむ

【日本語訳】
谷清く深さ知られず
山中の君が隠れ家
ただ一片の白雲浮かぶ
松が枝に淡月かかり
清き光君が為にか
茅の亭に花影宿り
薬草の庭に苔痕滋し
われも亦時世と別れ
この山に鳳鶴と伴わむ

【解説】
常建が、同じ詩人である王昌齢の隠居を尋ねた詩。
白雲たなびくところ、花の影、
苔の紋の清浄からなる生活に心打たれている。
自分もまた世をすてて、王昌齢とともに
この西山に隠れたいという気持ち。

【リフレッシュワード】
「松际露微月」…松の枝越しに月がのぞく
「宿花影」…花の影が落ちている
「苔纹」…苔が模様のように生えている

***

常建が、先に隠居生活を送っていた
王昌齢を羨ましく思う詩です。
目に映るすべての景色が美しく見えます。
「鸾鹤」は鳳と鶴を表し、
仙人・隠者のイメージに結びつく鳥です。
山中に住む王昌齢を、この鳥に例えています。

のちに常建も西山に隠棲し、
王昌齢らと自由な生活を送ったようです。

私が好きな「苔」の風景です。


綦毋潜きぶせん:春泛若耶溪

【白文】
幽意无断绝,此去随所偶。
晚风吹行舟,花路入溪口。
际夜转西壑,隔山望南斗。
潭烟飞溶溶,林月低向后。
生事且㳽漫,愿为持竿叟。

【書き下し文】
春、若耶溪 じゃくやけいうか
綦毋潜きぶせん
幽意ゆうい 断絶する無し
此のきょ う所に随う
晩風ばんぷう 行舟こうしゅうを吹き
花路かろ谿口けいこうに入る
夜に際して 西壑せいがくに転じ
山を隔てて南斗を望む
潭煙たんえん 飛んで溶溶ようよう
林月りんげつ れて後ろに
生事せいじ且つ瀰漫びまん
願わくは 竿を持つのそうと為らむ

【日本語訳】
幽閑しずけさを求むるこころ
いつとてもやむことなく
こたびわれ舟を浮かべて
いずくとも行くに任せむ
夕風に帆をかかげ
花咲きつづく岸の間を
若耶谿じゃくやけいに進み入る
夜に入りて西たににめぐれば
山の彼方南斗は高く
夕霧はふちに立ちこめ
見返れば林月低し
ああ世のことは茫々としてはかりがたく
願わくは漁翁ぎょおうとなりてのどけくも世を送らむ

【解説】
若耶谿に舟を浮かべ、風月清く、
川霧溶々たる春の夜の景を写す。
末二句に、もはや世辞をすてて、
魚翁となって隠れたい心持ちをのべている。

【リフレッシュワード】
「幽意」…幽閑の境を求める境地
「随所偶」…心にかなうところを求めて気の向くままにゆく
「花路」…花が両側に咲いている水路
「溶溶」…ひろびろと広がる様子
「持竿叟」…魚翁は隠者が世を避けるひとつのかたちとして考えられている

***

綦毋潜はおそらく長期休暇中でしょうか?
静かな自然を求めて、あてもなく舟を漕ぎます。
花路をぬけて、やがて夜がきて、
星や月を空高く見上げる…。
このまま世をすてて、
漁師になって暮らしたいと思ってしまいます。

実際に自然の美しさを体験して、
隠居生活に強く憧れを持った詩です。
あなたも旅行先で「このままここで暮らしたい」と思ったことがありますよね?

綦毋潜はこのとき官僚でしたが、
のちに辞職して江東で隠棲しています。



銭起せんき:谷口书斋寄杨补阙

【白文】
泉壑带茅茨,云霞生薜帷。
竹怜新雨后,山爱夕阳时。
闲鹭栖常早,秋花落更迟。
家童扫萝径,昨与故人期。

【書き下し文】
谷口の書斎にて、楊補闕ほけつに寄す
銭起せんき
泉壑せんがく 茅茨ぼうじを帯び
雲霞うんか 薜帷へいいに生ず
竹は憐れむ 新雨しんうの後
山は愛す 夕陽せきようの時
閑鷺かんろ 栖むこと常に早く
秋花しゅうか 落つること更に遅し
家僮かどう 蘿径らけいはら
さく 故人と期す

【日本語訳】
谷の水は茅屋かやをめぐり
雲霞はかずらとばりにただよう
雨過ぎたあとの竹の色のあざやかさ
夕陽に映える山の眺めのめでたさ
のどかな白鷺しらさぎはいつも早く巣にかえり
秋の花はひときわ遅く散り残る
家僮につたこみちかせ
きのう約した友の来たるを待つ

【解説】
隠居のたのしみをのべ、
昨日約束した友の来るのを待つ。
その書斎は谷間にあり
白雲紅霞が窓辺にたなびき、
雨過ぎた後の竹の緑はひとしお鮮やかに、 
山肌には夕日が映えている。
静寂なる山中の間居にあって、人恋しい気持ち。

【リフレッシュワード】
「竹怜新雨后」…竹は雨上がりも風情がある
「山爱夕阳时」…山の景色は夕陽が落ちかかるときが最も心ひかれる

***

銭起せんきは隠居生活のリアルを
漢詩で表現しています。
茅ぶきの簡素な家ですが
雨上がりは鮮やかな緑を楽しみ、
白鷺と共にゆっくり夕陽を眺める日々。

美しい自然が身近にあっても、
友とはなかなか会えない。
生活には満足しているようですが、
すこし寂しいような雰囲気を感じます。



隠居生活の「憧れ」と「リアル」はちょっと違う?

山肌に映える夕陽・夜に現れる美しい星や月…
心を満たすものはじゅうぶん過ぎるほどあります。

しかし「隠居」という文字の通り、
山奥などの隠れた場所に住むので
なかなか友人とは会えなくなってしまいます。

最後に紹介した銭起せんきの谷口书斋寄杨补阙はどこか寂しさを感じる詩です。

ちなみに私は人付き合いが苦手で、
ひとりの時間が好きなので、
ぜひ隠居してみたいです。
山の中で、ずっと漢詩を詠んで、
noteを執筆しているんだろうなと思います。


あなたは「隠居」してみたいですか?



参考書籍
中华书局经典教育研究中心:唐诗三百首诵读本(插图版) (Chinese Edition)

もしもこの記事を読んで、
漢詩に興味を持ってくださった方は
ぜひこちらも覗いてみてください。

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