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五武器と化物

五武器という名の武道の達人がいたらしい。

五つの武器を変幻自在に操る達人。

五武器が武者修行で諸国を行脚していたとき、化物と遭遇した。化物は大きな口を開けて襲いかかって来た。

五武器は得意の五つの武器を使い化物に挑んだ。しかし、全ての武器をもってしても化物にかすり傷一つ付けることが出来なかった。

五武器は、己の肉体で化物にぶつかっていった。キック、パンチ、ヘッドバット…すると、五武器の手足、頭すべてが化物の身体にネバネバと引っ付いてしまった。


澤木興道禅師の名著「禅談」(大法輪閣)にある物語である。


ただの格闘物語ではない。この物語の結末を少し長くなるが「禅談」から引用していく。


『そこでその化物が、さあどこから食おうか、頭からかぶりつこうか、手を引き抜いて食おうか、と見たところが、侍はじっとしている。ちょっともバタバタしない。

(中略)

そこで聞いた、「これ、木っ葉、たいがいの者は助けてくれとか、ウワッとか言うのに、貴様はちょっともバタバタしない。何も言わない、一向張り合いがない、一体どういうわけで落ち着いているのだ」。

 すると五武器が言うのに、

 (中略)

「貴様は食おうと思っているが、貴様の食うのは貴様の中のおれを食うことになるのだ。それはおれの中の貴様がおれの中のおれを食うので、なにも別に貴様がおれを食い終えるものではなし、おれがまた食われてしまうわけでもなし、例えて言うならば蛸が自分の足を食っているのとちょっとも違わない。貴様が食ったところでおれが減るんじゃなし、貴様が殖えるんじゃない。別に得することじゃない。それを貴様は愚かだから、そんなことを考えているので、貴様がおれを食うからといって、おれは貴様に食われきってしまうような、そんなわけのものではない。」

 化物がびっくりしてしまった。「貴様の中におれがある、おれの中に貴様がある…気味の悪い事を言いおる。こんな奴は食わんでおこう」と言った。「いや、かまわん、食え」。とうとう化物から恐れられて、「もう食うのはよしておく」「そんなら武器をかえせ」と、みな返してもらって大道闊歩して行ったという。』


五武器は食われまいとして、必死になって得意のディベート術で相手を翻弄した物語では決してありません。

「五武器、必死やん」と思わないでください(笑)

私たちがストレスを蓄積してしまう大きな原因の一つが「世間の目」「他者の目」ではないだろうか。私たちは「世間の目」「他者の目」に映る自分を意識するあまり、人生の主人公であるはずの「あるがまま」の自分を見失うことが多い(僕もそんなときあります・・)。


「世間の目」「他者の目」に映る自分は本当の自分ではない。

本当の自分はそんな所にいないのである。

「とらわれない・あるがまま」の自分でいることが出来るならば、「俺は俺であり、他の何者でもない」ことを自得し、大道闊歩し人生を歩むことが出来る。もちろん、自分勝手な世界でないことは言うまでもない。


「宿無し興道」と言われた求道者が語った五武器の物語り。

私なりに解釈すれば、次の通りである。

「あなたの目に映っている私は私ではありません。そして、私の目にあなたが映っていますが、それはあなたではありません。本当のあなたはあなた自身です。そして、本当の私は私自身なのです。だから、あなたは私の目に映るあなたにとらわれる必要は全くありません。本当の自分になりきることが大切なのです。」

なんだか、あなたが、私がと分かりにくくなっているかもしれませんが(汗)、つまりはこういうことでしょうか・・

剣禅一如を追求した山岡鉄舟の名文句。

『晴れてよし曇りてよし 不二の山 もとの姿は変わらざりけり』

晴れていようが、曇っていようが、富士山は富士山のままであるように、時勢や他者の目にとらわれ、流されることなく、あなたは、あなたであり、一日一日を大切に、そして、一度しかないその人生を大切にしていきましょう。僕ももちろん然りっす。

☆☆☆☆☆😊

■拙著「ストレスの9割はコントロールできる」(明日香出版社2020.9発売)この本が必要な方に出会い、その方の心が軽くなるお手伝いが出来れば著者冥利に尽きます。

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■withコロナにおけるオンライン講演・研修動画(主にオンデマンド配信)の一部も投稿したyoutube「こころ元気研究所チャンネル」もございます!

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※ヘッダーのデジタル画は(第1回目の緊急事態宣言下で登園出来なかったため)幼稚園年長さんだった娘が僕の古いPCで遊んでいて描いたもの。ちびっ子画伯と呼んでいまして、このnoteのいろんなところに載せています。ちびっ子画伯展もよければどうぞ(^_-)-☆

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