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【百人一首(近代・現代短歌)】ある世界(その6)


浅岡省一さん撮影

縁の色と書いて、ゆかりのいろと読みます。

これは、紫色のことを表しています。

紫色は、古くから、日本の文化を染めてきた色でした。

紫・紫草色・本紫・ゆかりの色・黒紫・深紫・至極色・浅紫・濃紫・濃き・濃色・薄紫・薄色・薄き・聴色・半色・濃薄色・若紫

「日本の色辞典」(染司よしおか日本の伝統色)吉岡幸雄(著)

「王朝のかさね色辞典」(染司よしおか日本の伝統色)吉岡幸雄(著)

「源氏物語の色辞典」(染司よしおか日本の伝統色)吉岡幸雄(著)

「紫」は、本来、「紫草(むらさきぐさ)」のことを言います。

紫草は、群れて咲く草であることから、「群咲(むれさき)」と呼ばれており、次第に、「むらさき」へと変わったそうです。

「万葉集」の紫草を詠んだ歌の中でも、

「紫のにほへる妹を憎くあらば人妻故に我れ恋ひめやも」

「託馬野に生ふる紫草衣に染めいまだ着ずして色に出でにけり」

「紫の名高の浦の真砂土袖のみ触れて寝ずかなりなむ」

「紫草の根延ふ横野の春野には君を懸けつつ鴬鳴くも」

「紫の帯の結びも解きもみずもとなや妹に恋ひわたりなむ」

「紫草を草と別く別く伏す鹿の野は異にして心は同じ」

「紫は灰さすものぞ海石榴市の八十の街に逢へる子や誰れ」

「紫草は根をかも終ふる人の子のうら愛しけを寝を終へなくに」

「紫の粉潟の海に潜く鳥玉潜き出ば我が玉にせむ」

「万葉集 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典」(角川ソフィア文庫)角川書店(編)

額田王が、大海人皇子に向けて詠んだ

「あかねさす 紫野(むらさきの)行き 標野(しめの)行き 野守(のもり)は見ずや 君が袖(そで)振る」

という歌はよく知られています。

夏に白い花をつける紫草ですが、根からとれる染料は紫色。

万葉の頃、紫色は、もっとも高貴な色として扱われ、「枕草子」にも、

「枕草子 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典」(角川文庫ソフィア)清少納言(著)

「花も糸も紙もすべて、なにもなにも、むらさきなるものはめでたくこそあれ」と残されています。

そして、紫草も同様に、貴重な草とされていました。

平安時代、武蔵野の名花として、ムラサキが意識されていたんですね。

紫草

「紫の一本(ひともと)ゆゑにむさし野の草はみながらあはれとぞ見る」よみ人知らず「古今和歌集」

「古今和歌集 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典」(角川ソフィア文庫)中島輝賢(著, 編集)

昔、紫草は武蔵野のシンボルになるほど群生していたそうです。

この歌では、

「一本の紫草への愛情は、その縁(ゆかり)で武蔵野のすべての草さえ愛おしく思える」

と歌われており、紫草が、一本あるだけで、武蔵野のすべての草が、愛おしく思う感性。

実は、この感性には、更に、深い意味があって、この一本の紫草を恋人に喩えて、その女性に縁のあるものは、なんでも愛おしい、と詠まれているそうですよ。

和歌の世界は、実に、奥深いですよね(^^)

この歌にある

「武蔵野」

「一本の紫」

「ゆかりの人」

という連携したイメージを、人々に植えつけたのでしょうね。

人にしていただいたことの中で、一番古い記憶とか。

生まれてから今日までに頂いた、愛情の記憶を、ひとつふたつと思い出して歌に託したのかもしれません。

人の手で染めた色は、いつか色褪せるものかもしれませんが、失いたくないものもありますね。

「草木染 日本色名事典」山崎青樹(著)

「和の色のものがたり 歴史を彩る390色」早坂優子(著)多田しの(イラスト)坂井聡一郎(写真)

「和の色のものがたり 季節と暮らす365色」早坂優子(著)多田しの(イラスト)

「むさし野のゆかりの色もとひわびぬみながら霞む春の若草」藤原定家

「最勝四天王院障子和歌全釈」(歌合・定数歌全釈叢書 10)渡邉裕美子(著)

武蔵野を歩けばムラサキの花が揺らぐ風景を見ることも出来なくなりましたが、以下に挙げるような歌も生み出されていましたね。

「むらさきの 色こき時は めもはるに 野なるくさ木ぞ わかれざりける」
在原業平「古今集」「伊勢物語」

「武蔵野に いろやかよへる 藤の花 若紫に そめて見ゆらん」
(「亭子院歌合」)

「武蔵野は 袖ひつ許 わけしかど わか紫は たづねわびにき」
よみ人しらず「後撰集」

「紫の 色にはさくな むさしのの 草のゆかりと 人もこそしれ」
藤原高光「拾遺和歌集」

「むさし野の ゆかりの色も とひわびぬ みながら霞む 春の若草」
藤原定家「最勝四天王院障子和歌」

「さらに又 つまどふくれの 武蔵野に ゆかりの草の 色もむつまし」
藤原(西園寺)公経「千五百番歌合」

たった一本の草が、そこに生きている幸せを思うとき。

その草を生かしている風や、虫や、まわりの草木たちのことも、愛おしくなってしまうのでしょうね。

それは、人もおなじ。

かけがえのない人の幸せを思うとき。

その人のまわりにいる、ご縁ある人たちの幸せも、願っているのではないでしょうか(^^)

ひとりの人を思う心は、全ての人を思う心へと、拡がりをもって、繋がってゆく。

縁の色。

誰かの幸せを願う色。

【百人一首(近代・現代短歌)】ある世界(その6)

「われを呼ぶ うら若きこゑよ 喉ぼとけ 桃の核ほど ひかりてゐたる」
(河野裕子『森のやうに獣のやうに』より)

「椅子に深く、この世に浅く腰かける 何かこぼれる感じがあって」
(笹川諒『水の聖歌隊』より)

「一枚の玻璃を挟みてそれを拭く男とわれと生計たつきちがへり」
(今井聡『茶色い瞳』より)

「稲妻が海を巨いなる皮として打ち鳴らしたる楽の一撃」
(奥山心(NHK BS2「ニッポン全国短歌日和」 2010年10月24日放送分)より)

「雨にも眼ありて深海にジャングルに降りし記憶のその眼ずぶ濡れ」
(小島なお『サリンジャーは死んでしまった』より)

「下京区天使突抜(てんしつきぬけ) 雪晴れのさんぽはクノップフの豹をおともに」
(橘夏生『セルロイドの夜』より)

「海を見るような眼をわれに向け語れる言葉なべて詩となる」
(今井恵子『分散和音』より)

「街が海にうすくかたむく夜明けへと朝顔は千の巻き傘ひらく」
(鈴木加成太『うすがみの銀河』より)

「街をゆき 子供の傍を通るとき 蜜柑の香せり 冬がまた来る」
(木下利玄『紅玉』より)

「巻き上がる蔓に支柱の尽きたれば深さ果てなし天上の青」
(木下のりみ『真鍮色のロミオ』より)

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