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【百人一句(俳句)】そこにクローズアップ(面白味を見ようと)してみると(その3)


長瀬正太さん撮影

「子規365日」夏井いつき(著)(朝日新書)

日付から、子規の俳句が読める本。

本書は、その中から1日1句、正岡子規が詠んだ日にちで、同郷の俳人である夏井いつきさんが、実作者としての感性で熟読玩味して選句し、一年を楽しもうという趣向どおり、すべて季語が異なる句が365句並んでいます。

テレビで「辛口先生」と名高い俳人が選ぶ句は、子規の生涯さまざまな面をおしえてくれます。

例えば、9月1日。

「大仏に二百十日もなかりけり」

明治28年のこの句を、

「可笑しみの一句」

と評する著者は、明治29年には、

「地震さへまじりて二百十日哉」

と詠む子規の直観にも、さりげなく触れています。

著者の軽妙で、ときに寸鉄で刺すような書きっぷりに、清々しさを感じます。

短詩型のリズムが、血となり肉となっているのだろうと思われます。

34年の短い生涯で、約2万4000もの俳句を残した正岡子規。

子規は、こんなにも多様な句をこしらえていたのかと、改めて驚かされます。

苛烈な人生でも、こんなにも愉快で明るく、ほのぼのとしていたなんて。

有名でない句の中にも、子規らしいほのぼのとした佳句、異色の作品があり、子規の苛烈な人生と、俳句の素晴らしさが迫ってくる1冊です。

悲壮な晩年や辞世の句ばかりに注目が集まるのに異を唱えるがごとく、元気な時代の旅行句や季語が重なる自由句などで、

「飄々と愉快に、辛辣で優しい子規」

の精神の明るさを際立たせてくれるのが、本書の魅力だと思います(^^)

闘病さえも客観視する表現者の性に、

「類稀な好奇心とエネルギー球のような闘志を持ち続けた正岡子規という俳人と、改めて出会い直せた」

とつづる著者の言葉が、読者の喜びとなる1冊になると思います。

では、365句の中から、さらに、私的な好みで、季節ごとに句を選んでみました(^^)

「はつ夢 一月~三月」

「ここぢやあろ家あり梅も咲て居る」1894(明治27)年

いきなりの方言である。

”「ここぢやあろ」の台詞はいかにもスローモー。

「梅」がほつほつ笑う。

お日和の気分にも似合う。送られてきた手書きの地図はいかにも粗略で分かりにくかったに違いないが、文面にあった「梅」の一字が決めてになるあたりが、飄々と楽しいエピソードの一句ではないか”と著者。

「春雨やお堂の中は鳩だらけ」1893(明治26)年

飾りが、ない。

子規って、まっすぐな人だったんだなぁと感じられる句ですね。

著者の解説がおもしろい。

”「浅草観音」の前書きがある句。

実はこれ、私が全国の学校を回って展開している俳句の授業「句会ライブ」の教材としても、時折お借りする一句だ。

この句+二句をならべ「小学生が作った句はどれ?」という当てっこクイズ。

この句はダントツで、小学生が作った!と、小学生に言われる。

彼ら曰く「鳩だらけってとこがどうみても子供っぽいよ」。

いやいや君たち、この語り口こそが子規さんの魅力なんだよ”

「花見 四月~六月」

子規は、オノマトペ(擬態語・擬音語)の天才的使い手でもある。

「板の間にひちひちはねるさくらだひ」1894(明治27)年

「桜鯛」が、板の間で「ひちひち」跳ねているという状況。

ぴちぴちではない。

この言語感覚は、すごい。

生きた魚が躍っている。

「日本のぽつちり見ゆる霞哉」1895(明治28)年

この年、子規は、親友の秋山らが、日清戦争の戦地に向うのに、矢も楯もたまらず、従軍記者として遼東半島に渡った。

その途上、大連に向う船上から、「ぽつちり」見える「対馬」をふり返った句。

「陣中日記」を新聞に連載した子規は、帰国の船中で喀血した。

神戸で一命をとりとめた後、松山の中学教師だった漱石の下宿に転がり込み、50余日を過ごす。

結核菌が脊髄を冒し、カリエスで腰に激痛を抱えながら、東京へ戻ったそうです。

「夏の星 七月~九月」

元気だった頃、子規はどんどこ歩いて旅をしている。

とても活動的だった。

好奇心の塊である。

政治家を志した時期もあった。

目の前が、ぱぁーッと開ける句をひとつ、ご紹介。

「舟一つ虹をくぐつて帰りけり」1890(明治23)年

夕立のあと、海にかかった虹をくぐるように、一艘の手漕ぎ舟が、悠然と帰ってゆく。

大らかな自然と、舟の対照から、子規の文学にかける決意が伝わってくるようです。

「夏草やベースボールの人遠し」1898(明治32)年

子規と野球の縁は深くて、ベースボールに自身の幼名「升(のぼる)」をかけて、「野球(のぼーる)」の雅号を用いています。

ポジションは、キャッチャーだったそうです。

「桔梗 十月~十二月」

「豚煮るや上野の嵐さわぐ夜に」1893(明治26)年

豚煮が冬の季語になる理由を、著者は、こう記しています。

”仏教の教えでは動物の肉を食べることは悪とされるが、寒中に限り栄養のある鹿や猪の肉を食べることを「薬喰」と呼び、これが冬の季語になった。

揚出句の場合、「豚煮る」がこの「薬喰」という季語にあたると判断してよいだろう”

「漱石が来て虚子が来て大三十日」1895(明治28)年

弟子や友人は、子規の人となりを辛口で語っています。

”漱石は、「こちらが無闇に自分を立てようとしたら迚(と)ても円滑な交際の出来る男ではなかつた」と評し、弟子の虚子は目の上のコブ的存在として煙たがった。

が、そんな雑言も含めての子規の魅力は、この句の根底に溢れる情ではないか”

1902(明治35)年9月19日、子規は、母と妹に看取られて、黄泉へと旅立ちました。

永眠する12時間前まで筆をとり、絶筆糸瓜(へちま)三句を残しています。

結核の子規にとって、咳止めや、痰切りの効果があるという糸瓜の水は、命の水であったそうです。

「をとゝひのへちまの水も取らざりき」

「痰一斗糸瓜の水も間に合わず」

「糸瓜咲て痰のつまりし仏かな」

"死の寸前の己を「仏」と言い切る客観性は不屈のユーモア精神に支えられ、こんな辞世の句として結実した"と、著者は書いています。

最後に、根岸の「子規庵」はじめ、子規ゆかりの場所は、数々あるけど、奨めたいのは、松山の「子規堂」ですかね。

子規が17歳まで過ごした住居をお寺の境内に復元した文学資料館です。

等身大の子規が、そこにいるような気になるから不思議ですね(^^)

【参考図書】
「子規句集」(岩波文庫)正岡子規(著)高浜虚子(編)

「正岡子規 俳句あり則ち日本文学あり」(ミネルヴァ日本評伝選)井上泰至(著)

「正岡子規」(新潮文庫)ドナルド・キーン(著)

「子規への遡行」(現代短歌社選書)大辻隆弘(著)

【参考資料】

【百人一句(俳句)】そこにクローズアップ(面白味を見ようと)してみると(その3)

「しづかなる水は沈みて夏の暮」
(正木ゆう子『静かな水』より)

「しづかなる力満ちゆき螇蚸とぶ」
(加藤楸邨『山脈』より)

「シャツ雑草にぶっかけておく」
(栗林一石路『栗林一石路句集』より)

「すすき仰山ありすすき一本あり疲れる疲れる」
(稲葉直『数刻』より)

「ずぶぬれて犬ころ」
(住宅顕信『住宅顕信全俳句集全実像―夜が淋しくて誰かが笑いはじめた』より)

「そよいでは靜もる笹の葉に臼處」
(大岡頌司『臼處』より)

「たんぽぽたんぽぽ砂浜に春が目を開く」
(萩原井泉水『荻原井泉水』より)

「チチポポと鼓打たうよ花月夜」
(松本たかし『鷹』より)

「てんと虫よ星背負ふほどの罪はなに」
(工藤玲音『わたしを空腹にしないほうがいい』より)

「とびからすかもめもきこゆ風ゆきげ」
(金尾梅の門『金尾梅の門全句集』より)

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