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短編小説

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夏を連れてきた彼

夏を連れてきた彼

彼はクラスではあまり目立たない存在だった。
口数は少なく、細い体型が彼の繊細な人となりを表しているようだった。
唯一目立つ点といえば、屋上に出入りしていることだ。
この学校は海を臨む高台の上にあり、屋上の柵の先には大海原が広がっている。
危険な屋上への出入りをなぜ認められているかというと、彼が天文学同好会の部長であるからだった。
同好会には名ばかりの幽霊部員が数人いるらしいが、実際に活動しているの

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盲の一夜

その日懺悔をするのは、明朝死刑になる男だった。
罪状は、無実な一家の皆殺し。
父の腹を刺し、母の首を絞め、兄の額を打ち抜き、弟の体を川へと落としたと本人が証言している。
証拠隠滅のためか、警察が到着したときにはもう、家を焼いていたという。

刑場の地下牢は採光窓から入る月の光のみで、薄暗い。
鉄格子を隔てた先で、男はいた。
手足は長く、バランスの取れた体躯をしており、壮年であるようだ。
月明かりを

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歳の差夫婦のための口実

歳の差夫婦のための口実

彼と私はいわゆる、歳の差夫婦だ。
だから2人の誕生日の間の1ヶ月は、1年で唯一歳の差が1桁になる期間という点で重要である。

3日前が彼の誕生日当日だけれど、お互いに仕事だったので代わりに今日お祝いすることにした。
日曜日は二人でゆっくり過ごせる唯一の日だ。教師をしている私は土曜日も部活のために出かけることが多いし、システムエンジニアをしている彼は夜勤が定期的にあるのでなかなか一緒に過ごすことが難

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かわいいの魔法

かわいいの魔法

…高校…期生 同窓会のご案内
1か月前に一人暮らしのアパートに届いた高校の同窓会の誘い。
大学4年生で就活も終わった僕は暇を持て余しており、久しぶりに旧友と会いたくなったので、参加の返事をした。

同窓会は真夏日の夕方から行われた。
駅近の居酒屋チェーン店の前に、同世代の男女が集まっている。
ほとんどの参加者が、就活を終えた開放感と残りの学生生活を謳歌する高揚感に満ちた雰囲気をまとっており、中には

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ハロー、地球は聞こえていますか

ハロー、地球は聞こえていますか

「遠距離恋愛なんて無理だと思っていたの、毎日話せないなんて恋人の意味ないでしょう」
画面の先でほほ笑む彼女に対して、僕は苦笑いを浮かべる。
遠距離恋愛を始めて早2年、僕らの恋人関係がすこぶる順調なのは、快適な環境を実現している映像通信システムのおかげだ。
「銀河2つ分も離れていても隣にいるみたいに話せるなんて、科学の発展に感謝ね」
本当に彼女の言う通りである、こんな風に宇宙の果てと地球が気軽に繋が

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