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掌エッセイ

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心に水を。日々のあれこれを随筆や掌編に。ほどよく更新。
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2021年5月の記事一覧

【エッセイ】トイレと祈り

【エッセイ】トイレと祈り

信仰心というものはあまり持ち合わせていない私だが、それでもよく祈りを捧げる場所がある。

トイレだ。

トイレに入るたび祈る。今宅配の人が来ませんように。今地震が来ませんように。今隕石が落ちませんように。今呪怨されませんように。

それにしても本当に不可解なのは、なぜトイレに入っている時に限ってよく、配達物が届くのかということで、正確に統計を取ったわけではないけれど、私の場合、トイレ内で呼び鈴を聞

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【エッセイ】続・弁当屋にいた頃

【エッセイ】続・弁当屋にいた頃

前回に続いて、弁当屋にいた頃の話を。

当時は一軒家を買い上げた社員寮に、男四人で暮らしていた。その家は背高な雑草に囲まれ、玄関からは異臭が漂い、全体的に壁がこう、くすんだオレンジ色をしていた。元はもっと違う色だったと思われるが、経年劣化や汚れによって、なんとも微妙な色に染め上がっていた。

環境への適応力には自信がある私だが、この家に関しては一目見た瞬間、あ、こりゃ知り合いを呼べないわ、と即断し

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【エッセイ】弁当屋にいた頃

【エッセイ】弁当屋にいた頃

大学を卒業してすぐ、弁当屋に勤めた。

面接は五分で終わった。その場で「いつからこれる?」とバイトのような乗りで初出勤日が決まった。それが自分の就職活動のすべてだ。

そこは千葉の片隅にある仕出し弁当の工場で、私は配達ドライバーとして雇われた。住み込みだった。特徴のない住宅街にある社員寮はごく普通の一軒家を買い上げたもので、そこに自分も含めて四人の若い男が暮らしていた。

当然、誰も家事などしない

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【エッセイ】メガネ店と坊主の関係

【エッセイ】メガネ店と坊主の関係

ふと思った。

メガネ店のスタッフにはスキンヘッドが多くないか。しかも丸刈りよりツルツル。剃髪している。

ひょっとしたら私がたまたま、何らかの事情で坊主にしている/なっているメガネ店のスタッフにばかり遭遇してきた可能性もあるが、個人的な経験上、特に国内老舗ブランドのメガネ店ではかなりの確率で、坊主の男性スタッフを常駐させている。

その理由はきっと、彼らが自社商品のディスプレイを兼ねているからだ

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【エッセイ】翻訳の戦友

【エッセイ】翻訳の戦友

ゲームなんかの翻訳を始めて15年くらいになるが、基本的に家にこもってやる孤独な仕事なので、家人以外の人と会う、ということがほとんどない。

加えて内弁慶が出不精になったようなお家大好きな性格なので、自分から意識的に外へ出ることを義務付けない限り、本当に外へ出ない。

そしてコロナ禍により、そうした性行に拍車がかかった。コロナ以前は気の進まない飲み会に誘われるたびに断る口実を考えていたものだが、今は

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