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【エッセイ】続・弁当屋にいた頃

前回に続いて、弁当屋にいた頃の話を。

当時は一軒家を買い上げた社員寮に、男四人で暮らしていた。その家は背高な雑草に囲まれ、玄関からは異臭が漂い、全体的に壁がこう、くすんだオレンジ色をしていた。元はもっと違う色だったと思われるが、経年劣化や汚れによって、なんとも微妙な色に染め上がっていた。

環境への適応力には自信がある私だが、この家に関しては一目見た瞬間、あ、こりゃ知り合いを呼べないわ、と即断した。

なので、あの寮を訪れた知人は一人もいない。車で誰かに送ってもらう時も、偶然寮を見られてしまわぬよう、あえて三本くらい向こうの通りで降ろしてもらっていた。

なんか見せたらまずい。そんな気がした。

その社員寮に、エロビデオ集めに執念を燃やす小太りの先輩がいた。

この人はすごかった。

初めて部屋に招かれて目を剥いた。すべての窓に引き裂いて広げた黒いゴミ袋が貼られ、中は昼でも真っ暗だ。そして壁一面に天井までの高さの本棚が置かれ、そこに何百本ものエロビデオ(当時はまだVHS)がぎっしり並べられていた。

壮観だった。エロビデオの棚が、まるでキン肉マンに出てくるサンシャインという超人のように高々とそびえていた。

先輩に訊ねると、部屋が暗いほうがエロビデオのディテールを見やすいんだ、と職人のような口ぶりで即答された。よく見るとテレビ以外には、小さなテーブルが置かれているだけだ。

太陽光や遮蔽物など、エロビデオ鑑賞の邪魔になるものは極限まで排除されていた。

エロビデオはもちろん、制服、ナース、熟女、教師、メガネなど細かくジャンル分けされていた。

驚いたのは、この先輩がすべてのエロビデオをきっちり鑑賞していることだった。膨大なコレクションの中から適当に一本を選んで質問すると、ストーリーを仔細に説明してくれる。

それはほとんど名作映画に対するような熱意で、傍目にはとてもエロビデオについて語っているとは思えないほど、先輩は印象深いシーンを思い出しながら笑ったり、怒ったり、悲しげな顔になったりした。

そこには何かの道を極めた者だけが醸しえる、ある種の神々しさがあった。

私が弁当屋を辞める時、その先輩は「これ自慢の一本なんだ、アメリカに持っていってよ」と餞別がわりにエロビデオを差し出してきた。

確か「制服もの」だったように思う。

けど、いざ渡す段になると、先輩は例の熱意でもって、なぜこれが自慢の一本なのか、唾を飛ばしながら猛烈に語り始めた。

それを見ていた私は、そんな大切なものはとても受け取れないと感じ、気持ちだけありがたく頂戴しますと伝えて受け取りを辞退した。

先輩はちょっと安堵しているようだった。

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